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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-127

第五十話 《変後暦四二四年三月七日》


 丸一日休養を挟んで体力も多少回復したエリックが、脱走の計画を実行に移す準備を始めたのが、日没。用事を終えて足早に格納庫から出てきた頃には、移動研究所内の明かりは節電の為にオレンジ色の常夜灯へと切り替わっていた。いつのまにか深夜になっていたらしい。
薄暗くオレンジ色に染まった廊下を歩いていたエリックは、ふと前方の人影に気付く。正直今のエリックは人とは関わって居たく無いし、格納庫でエリックのした事に気付いた人間が追ってこないとも限らない。肩から提げたバッグには、無断で拝借した器材が入っているのだ。
つまり、早々に目的地に行く必要があったのだが…気付いたときには、つい声をかけてしまっていた。
「こんな時間に、何をしてる?」
 常夜灯の合間。丁度暗がりに立つようにして、アリシアが窓の外を眺めていたのだ。もっとも、外は真っ暗というより真っ黒で、何も見えそうになかった。見えたとしても外はさして景観が良い訳でもなく、単に森が広がっているだけだろうが。
「…エリックさんですか」
 声をかけられて静かに振り向いたその顔に、やはり表情はない。
「……少し、考え事をしていました」
 アリシアの声に籠もる若干の憂鬱は少し意外だったが、さすがに今日(もう昨日かもしれない)の戦いで、想う所もあるのだろう。グリッドともう一人のパイロットは、エリックにとっては他人でも、アリシアにとっては仲間だったのだ。
 どちらにしても、バッグの事に触れてこないのは好都合だ。
「そうか……アルファはどうしてる?」
「自室で寝ている筈です。さすがに疲れていたようですから」
 エリックも結局丸一日寝込んでしまい、正直もう少し休みたい状況だが、アルファも同じような状態らしい。とりあえず、エリックには助かる事実である。
「………そうか」
 アリシアの言葉に、発展性の無い答えを返すエリック。特に話題も無い。それ以前に、こうして話している事自体がリスクを伴う事だ。しかし何故か、このまま通り過ぎて行くのは躊躇われた。今回やろうとしている事への、躊躇の表れなのかもしれない。
「………」
「…………」
 沈黙。
今更ながら、エリックは声をかけた事を少し後悔する。何故わざわざ声をかけたのだろう。まさか此処でバッグの事に触れて、自分を止めて貰いたかった訳でもないし、もう会う事も無いだろうと別れを惜しむ程の仲でもないのだ。
「……人間とは何か、考えていました」
 焦りと躊躇からくる苛立ちに苛まれていたエリックに向かって、突然アリシアが言葉を投げかける。
「……随分と、哲学的だな」
 余りにも唐突な言葉に、エリックは思わず眉を顰めた。
「今回の戦闘中、ナノマシン制御プログラムは、まるで人間のように話していました」
「……なるほど」
 ナインの事か。エリックは思いあたって、納得する。どうせ制御部爆破の戦闘中に、相手を霍乱させようと色々喋っていたのだろう。どうやらアリシアは、人間のように喋ってみせたナインに当惑しているらしい……表情からは読み取れないが。
「……」
 確かに。心の中で、呟くエリック。ナインの振る舞いを見ていると、人間味に満ちていると思う。言動に少し変わった所はあるが、人間同士でも考えの違いくらいはあるのだから、許容範囲だろう。
「アレと、感情の無い人間とでは、どちらの方が人間らしいのでしょう…………表情を表現できない私とでは?」
 アリシアの目に、真剣な光が宿っているように見えた。それがなんとなく滑稽に感じられて、エリックは苦笑する。要は、自分が人間らしくないのではないかと気にしているのだ。そうやって悩んでいる様子には、昔は知らなかった彼女なりの人間らしさがある。昔はただ奇麗なだけの、人形のような女性としてしか見ていなかった事をふと思い出した。
「アレは機械、お前は人間……初めから、勝負にならないと思うぞ?」
 元から、アリシアは表情が作れないだけなのだ。感情が無いという訳でもない。クリスのように、時が止まっている訳でも…ないのだ。
 クリスの事を想って、一瞬思考が停滞しそうになる。
「……何故、私が人間だと言えるのですか?」
「…………」
思考を他所にやっていた事もあって、思わず言葉に詰まる。そうでなくとも、アリシアが噛み付くように反論してくるのは、初めての事だった。
「そりゃあ……」
 体が細胞でできているから? それなら今のナインは何だというのだろうか。体の大部分が人工物だというアルファは?
エリックは自分でも上手く説明できない事実に気付く。単純な生物学的分類ならば容易だが、アリシアの言っている事はそういう事でもないのだろう。
「……すみません。妙な質問をしました」
答えに詰まったエリックを見て、アリシアは謝罪の言葉を口にする。
「いや、気にしなくていい。……じゃあな」
 最後の言葉に、本当の決別を込めて。エリックは片手を上げて略式の会話の終わりを宣言すると、アリシアの横をすり抜ける。
「……はい」


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