『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-121
傷の熱が高まり、半ば意識朦朧としながらも、警戒の色を強めてエリックは問う。ナインなら、外見を利用して相手を騙せば一人でも変電所にたどり着く事も可能だろう。リスクの話というなら、エリックを傍に置くリスクを考えれば割りに合わないのではないのかと思ったからだ。それくらい考える理性は残っていた。
「…くくくく」
そんなエリックの様子を見て、さもおかしそうにナインが笑う。
「そう警戒しなくてもいい。単なる好奇心という奴だ」
「……好奇心、だと?」
機械の分際で何を言うかと思うエリックだったが、ナインがそこらの機械とは全く異なる存在である事もまた、理解していた。
「常に進化する為だよ。ナビアやジュマリアの人間に対しては、攻撃衝動の方が強く働いてしまうからな。人間についてのデータを集める良い機会だ」
そう言われて見れば先ほどからの質問等に、ナインの好奇心のようなものが覗いていたような気もした。まだ釈然としないが、一応納得はするエリック。
「………なるほどな」
「理解したか」
エリックの納得した様子を見て、ナインはおもむろに立ち上がろうとする。先ほどからずっと、起き上がりかけてエリックを振り向くという、不自然な体勢だったのだ。
「動くな」
そんなナインを、再び制止するエリック。
「……」
意外と素直に、ナインは制止に従って動きを止めた。
「協力するとは言っていない。俺はお前の力を借りなくても逃げられる」
ここでナインに協力すれば、どういう事が起こるのか。少し考えればすぐに判る。
レアムのような死の街を増やす手伝いなど、真っ平だった。
腕も治しては貰えないが、自分の腕と万を超える人の命など比べ物にならないだろう。
「ふむ。欲しい物は何もないと言うのか。面白いな」
僅かな興味を示す眼差しだけを残して、ナインは薄笑いを表情から消した。
「…………欲しい物だと……? 俺が……」
最も望んだものは既に、失われている。そう言い掛けて、エリックの頭に先ほど思い浮かびかけた事が蘇った。
「…………………」
「どうした?」
急に口をつぐんだエリックに、ナインの瞳に宿る興味の色が強くなる。
「………お前は…………」
何か言おうとして。エリックは口を開くのを、躊躇った。
要求をするという事は、ナインの要求にも答えなければならないという事だ。
それがどれだけの犠牲を生む行為の手伝いなのか、エリックは知っている。
ナビアやジュマリアの為でなく、人類の為にも。ナインはこの場で消去すべきだ。
しかし……
「なんだ?」
そんなエリックの言葉を引き摺りだそうとするかのように、ナインが問いかける。
「…………っく……」
エリックはナインの問いかけに、苦悶に近い表情を浮かべて。
やがて決意を固めたかのように、ナインを見据える。
「……お前は冷凍睡眠状態の人間を、凍らせたままで治療できるか?」