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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』
【SF その他小説】

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『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-122

第四八話 《変後暦四二四年三月五日》


 地上に顔を出た瞬間。エリックは余りの眩しさに目を細めた。
同時に軽い眩暈。大量に血液を失った体はよろめき、出口の淵に手をかける。負傷した左手は、体を支えても痛みを伝える事はなかった。それどころか、何かを触っているという感触すら存在しない。
 感覚のない自分の左腕を若干気味悪く思いながら、エリックは左腕に目を遣る。腕を包んでいるのは、奇麗な状態の袖。銃弾による負傷でボロ布のようになっていたとは、信じられない。そしての下には白い布のような表皮に包まれた腕があるのかと思うと、エリックはなんとも憂鬱な気分になった。喩え自然治癒が終わる頃には生身の腕に戻っていると聞かされていても、だ。
患部を『修理』して貰い熱も下がったのだが、その所為でこんなネガティブな感情も蘇ってしまっている。
「どうした?」
 その元凶とも言える、小さな子供の姿をしたナインが、後ろから声をかけてくる。顔にはガスマスクのようなものをつけているが、あくまでも擬装用である。
「……いや、なんでもない」
エリックはちらりとナインに向けた目を、向こうの方でベルゼビュールをトレーラーに搬入しているバフォールの方に移した。
「それよりも、もうアルファ達が到着している。怪しまれるような言動は慎めよ」
「わかっているさ」
 釘を刺すエリックだったが、ナインは相変わらずの薄笑いを引っ込める様子もない。
その様子に憤るでもなく、エリックはそれ以上何も言わずにトレーラーの方へと歩き出し、ナインもそれに続く。一応注意はしてみたものの、アルファが人の心を読めるならばいくら気をつけても無駄だし、そうでなければ多少不自然なところがあったとしてもバレる事はないだろうと判っているからである。
 血液が足りない所為かぐらぐらする頭に、踏みつけられた白い粉が上げるきしきしという鳴き声が伝わってくる。その度に近づくトレーラーは本当なら安息の場所だが、それも今やエリックには、敵地と同義にしか捉えられなかった。

 
「状況によるな」
 「冷凍睡眠状態の人間を、凍らせたままで治療できるか?」というエリックの問いに、ナインは即答した。悩むというより、思考している時間すら無いのではないかと思うほど、澱みなく。
「……三十ミリ前後のワーカー用ライフルでゼロ距離射撃、コクピットを貫通。腹を掠めて腹部が大きく損傷。銃弾貫通の際に溶けた液化装甲が糊となって出血を止め、辛うじて致死量には達さず、心停止の直前でコールドスリープをかけられている状態だ」
 CS装置で眠るクリスの状態を思い出し、エリックはガスマスクの下で苦虫を噛み潰したような表情を作った。
あの日、クリス機のコクピットを暴いた時の惨状。できるなら心の奥底に沈めたまま、思い出したくはなかった。宙を虚ろに見つめたクリスの瞳も、溶けた金属と血糊でできた銀と赤の斑模様も。全て、忘れて居たかった。
傷が持った熱と痛みの所為で体の感覚が判然としないが、恐らく今自分は泣いているのだろうな、そうエリックは感じた。
ガスマスクのおかげでナインには見えていないのが、救いといえば救いだった。
「なるほど、乗って居たのはジュマリアの機体か」
 近年のジュマリア製機体に使われている装甲は、防弾複合装甲の最も内面に柔らかく溶け易い特殊金属を配置している。これによって衝撃を受けて破砕した装甲がコクピット内に飛散するのを防ぎ、コクピット内の損傷を抑える事に成功している。人的資源に乏しいジュマリアらしいといえばらしい工夫だろう。先ほどベルゼビュールのコクピット内に深刻な損傷が無かったのも、この機構によるところが大きい。
もっとも乗っていたのが量産型のセラムであれば、溶けた装甲で軽度の火傷くらいはしたかもしれないが。ベルゼビュールにはその辺りにも新技術が使われているようだ。
「何れにせよ、よくもその状態で即死しなかったものだ」
「………」
純粋に感心しているようなナインのセリフが一々癪に障るエリックだったが、今はそんな事を言っている場合でもない。エリックの意識は朦朧とし、今やいつ倒れても不思議でないのだから。
「胴が千切れなかったという事は、使用されたのは貫通性の高い合金性弾頭か? 防弾機構による銃弾の変形が十分に行われなかった可能性も」
「そんな事はどうでも良い」
 好奇心だか探究心の赴くままに喋り始めたナインを制し、エリックは本題を切り出す。
 聞く事を早く聞いて、決断をしなければいけない。いや……迷いなく、撃ってしまうべきだとは判っているのだが。それでも、聞かねばならない事がある。
「治せるのか? 俺が知りたいのはそれだけだ」
 重要なのは、そこだけだ。
「……ふむ」
 もったいぶるように、ナインが考え込む素振りをして見せた。実際、もったいぶっているのだろう。ナインに考える時間など必要ない事は、今までの行動から見て明らかだ。


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