『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-11
ひたすらに街道を行く。
闇の中ライトに照らされる一本の道。周りには車も、建物も無い。
なんとなく、いつかの地下遺跡を思い出してしまった。
(あの頃は一人が嫌で、クリスと通信しながら歩いてたな……)
クリスの声は、今でもはっきり思い出せる。姿も、体の温かさも。忘れた事は無い。
少しも、風化していない。
だから、最後の言葉も覚えている。
(…なんで他の男の名前なんか……)
やや苦笑気味に、エリックは頬をゆがめる。
(…今度あったら、絶対問い詰めてやる。)
いつかまた会った時の事を夢想してみる。
問い詰めたら、クリスはどんな顔をするだろう。
困ってしまうのか、それとも怒るのか…意表をついたリアクションをするかもしれない。
しかしそんな事も、どこか楽しく思えてしまうのだろうとエリックは思う。
「…ふぁ………運転……代わったんですね…」
と。すぐ後ろのシートから、声が聞こえた。
今起きたのか、もぞもぞと動く気配がする。
エリックは、ちらりと振り返る。起きたのは、入ってきたばかりの新人・レイチェだ。
今回が初仕事となるレイチェは、十六。エリックより五つ下だ。
なぜ彼女が組織に入ったのかは、隊長と本人だけが知っている。
「…………」
エリックは答えない。あの日から、人と話すのが面倒になった。というより、気力が湧いてこないのだ。いつもクリスの事を考えてしまうから。
それ以外の事が少し面倒なのだ。
「………」
レイチェも、黙った。無視されて怒っているのではなさそうだ。
少し驚いた風に、エリックの顔を凝視している。
「……なんだ?」
ルームミラーに映るその様子を怪訝に思い、エリックは尋ねてみる。
するとレイチェははっとしたように、目を伏せた。
何かを言おうか言うまいか、迷っている感じだ。
「……どうした…?」
「え、いや、あの………」
少し不機嫌になったエリックに、レイチェはびくっと体をすくめる。
そしてとても気まずそうに、口を開く。
「その……どうして…泣いてのかな…って……」
「何を…」
言われて、エリックは目許に手を当てる。その手を湿らせたのは、まぎれも無く涙だ。
「……ない…てる……?なぜ……」
理由もわからず、エリックは目を拭う。
「………気にするな。」
動揺する心を隠そうとなんでもないかのように言ってのけるが、さすがにそうもいかないだろう。エリック自身も、無理だろうとわかっている。
当然のように、沈黙が流れる。
だが。
「…あ、あの、目的地まではあとどれ位ですか?」
何も無かったように、レイチェが聞いてきた。
きっと、彼女なりの心配りなのだろう。
「…一日ぐらいだ。」
振り返る事も無しに、エリックは答える。
さきほどの事があったせいもあるが。
「ですか…まだまだありますねぇ…」
「……」
「やっぱり…物資を受け取って目的地に着いたら、戦うんですよね……?」
「……」
尚も口を開くレイチェ。やはりエリックは答えない。
今回のは、当然の事を聞かれて答える気になれないというのもある。
「私……生きていられるんでしょうか…?私、全然戦いなんてした事ないし、訓練受けた事あっても、成績良くなかったし……」
「……」
「……」
遂に黙り込んでしまった。
「…人の生き死には運だからな。運が良ければ生き残るし、運が悪ければ死ぬだけだ。」
さすがに悪い気がして、エリックは口を開く。
「…そう…ですよね……」
ぶっきらぼうなエリックの答えに、レイチェは複雑な感情が滲む声で答えた。
返事をした事自体は嬉しいのだろうが、返事の内容はそうでもない。
だが、さすがにそこまで面倒を見る気力など、もちろんエリックには無い。
「今は悩むより寝とけ。これからいつでも寝れるとは限らないからな。」
そう言って、言外に会話の終了を宣告する。
「は、はい。ありがとうございますっ!…おやすみなさい……」
エリックの言葉を心配してくれたと勘違いしたのか、レイチェは少し明るい声で答え、ごそごそと毛布を被る。
「……」
暫くごそごそと物音がしていたが、そのうち、静かな寝息だけになる。
それを確認し、エリックは一息つくのだった。
こうしてまた一人になれば、浮かんでくるのはクリスの事だ。
「……生まれ故郷か……どんな所だろうな、クリス?」
そしてその言葉は当人以外には聞き取られる事も無く、肌寒い車内に消えていった。