『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-109
「……ち…っ」
舌打ちして、エリックはちらとトレーラーの方に目をやった。こうしている間にも、トレーラーは遠ざかっていく。このままでは二人とも置き去りだ。
そんな事を考えたエリックの方へと、ムカデが頭を向けた。どうやら標的を変更されたらしい。厄介ではあるが今はむしろ好都合だと、エリックに一つの考えが浮かんだ。
「…お前はさっさとトレーラーの後を追え。俺が時間を稼ぐ」
やや躊躇しつつも、エリックはアルファへと言葉をかける。
『…え?』
「リーダーが奴らの護衛を放り出す気か?」
グリッド達が戦力として不足だとは言わない。だがナノマシン制御部の方向へ向かうのだから、危険度は計り知れない。
「早く行け、お前の目的はこいつを倒す事じゃないだろうがっ!!」
『でも、エリックさんは……』
「俺は……」
エリックが答えようとした瞬間。ムカデが口(?)を開き、正面から見ると蜂の巣にも似た砲身達が顔を覗かせる。
咄嗟にボムを射出して、ムカデの方に放り投げるベルゼビュール。ムカデは残った前足を一閃させると、ボムを弾き飛ばした。ボムはあらぬ方向に飛んで行き、ビルに当たって爆発、瓦礫を撒き散らすだけだ。
その間に始まった砲撃をベルゼビュールは避けようとするが、まだイオンブースターが発動していない。地面を抉りながら迫る銃撃が、ベルゼビュールに達しようとした瞬間。イオンブースターが発動。急加速したベルゼビュールは、すんでの所で銃撃から逃れる。
更に昆虫の頭がそれを追って動くが、そこで射撃が一旦止んだ。砲身冷却の為だろう。どうやら攻撃手段は足による打撃と銃撃だけなのか、それ以上何かしてくるようには見えない。この隙にアルファを先に行かせようと、エリックは再び口を開く。
「…俺はお前を殺すまでは死なん。お前こそ、それまで死ぬなよ」
正直エリックは、こうして命を繋ぐという事で生きる義務を果たせるなら、死んでも良い気がしていた。アルファに対する複雑な感情が、こんな強がりを言わせたに過ぎなかった。しかし言葉にしてみると、こうしたポーズをつける事で、自分の立場というものを明確にできたと、エリックには思えた。少しだけ、アルファに対しての靄が晴れた気分だ。
台詞自体は、まるで二流悪役かライバルキャラクターのセリフだと、言った本人思うが。
「行け」
エリックが最後の念押しとばかりに言い。ベルゼビュールはボムを多数射出、次々と放り投げる。ムカデにではなく、まだその体の一部が埋まるビルへと。
『……はい!』
バフォールが踵を返し、トレーラーの元へ向かうのをエリックが確認した。その刹那。
ボムが連鎖的に爆発し、ビルを倒壊させた。ビルの瓦礫は圧倒的質量を持って、ムカデを押し潰す。これで終わりなら、アルファを先に行かせた意味も無いのだが……
「……来たな……」
先ほどムカデの銃撃を避けて居た時に、ちらと見えた後方の影。その方向にベルゼビュールを回頭させ、エリックは呟いた。影は距離を詰め、判別できるようになっている。
それはアルファの部隊を追ってきたのであろう、無数の無人機達だった。中には巨大ロボットの姿も、ちらほらと見える。
「…………さて……どうするか…」
エリックは静かに、呟く。
自問の形をとってはいるものの、答えは一つだった。
「まぁ、今逃げる訳にはいかないからな……!」
呼気を鋭く吐き出すと共に、エリックはペダルを踏む足に力を入れる。それに呼応し、ベルゼビュールは敵に向かって徹底抗戦の構えを取って見せた。