『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第三部』-10
第三話 《変後暦四二四年一月三十日》
「っ!!」
飛び起きて、エリックは目を覚ました。
呼吸が荒い。汗が止まらない。動悸が激しい。眩暈がする。
「……はぁっ…はぁっ………っはぁ………っはぁ……」
暫く待つが、呼吸も動悸も落ち着きそうに無い。
これでも最近はまともになった方だ。前は吐くこともちょくちょくだったのだから。
ただ、あの時の夢を見るのは、久しぶりだった。
「…………またか…?」
エリックの方を向きもせずに、隊長が聞く。二人は食料運搬用トレーラーの運転席に乗っている。他にも、三列のシートには五人ほど寝ていたりする。
隊長が運転席、エリックは横のシートに座っているのだ。隊長はまだ四十前だが、冷静な判断力と胆力、そして実力と豊富な知識で傭兵組織を引っ張っている人物だ。
同時に、エリックを傭兵の道に引き込んだ本人でもある。
「…………」
エリックは小さく頷いて、隊長の言葉を肯定する。
「……そうか。」
隊長はそれだけ言って、口を閉じた。寡黙なのは、この人物の人柄である。
(………クリス……)
胸の中で呟き、エリックは窓から外を眺める。
あの日。クリス機のコクピットを暴いた後。そこからの記憶が、エリックには無い。
(…お前は……何処にいる…?)
どうしても、思い出せない。
気がつけば、ワーカーに乗って一人ジュマリア領内を彷徨っていた。
そんな時に、隊長と出会ったのだ。
そして傭兵となり、戦う場所と手段を手に入れた。クリスを探す為に。
エリック自身はジュマリアと、なんらコネクションを持っていない。
クリスの行方を誰かに聞くこともできず、未だクリスの消息は不明だ。
ただ、方々を転々としても、雷神の噂は聞かなくなっていた。
それもその筈。あの日から三ヶ月。今やナビアはジュマリアの首都を陥落し、事実上戦争は終わっていた。だが未だに地方各地で、抵抗勢力が必死の抵抗を続けている。
なのでここ最近の仕事は、そういった抵抗勢力の手助け又は殲滅が多い。
今エリックを含む隊長たちのチームが受けている仕事も、ジュマリア国立軍事研究所、レイヴァリー基地の支援である。
レイヴァリー基地。ジュマリアの最先端科学を生み出す場所であり…
(クリスの…生まれ故郷…)
それがあったからこの依頼を受けたという訳ではないが、興味は惹かれている。
基本的に、依頼に参加するかどうかは個人の意思だ。
隊長率いる傭兵組織は、隊長を含める百余人で成り立っている。
組織で傭兵の依頼を管理し、一人一人に仕事を割り振るのだ。
今傭兵としての活動をしているのは、五十人程度。後は組織のメンバー達を養うため、まともな仕事をしている。
傭兵といっても、あまり儲かるわけでは無い。
戦闘用の資金は依頼金や兵器会社のモニターになって実践データを取る事で賄っているが、食費、移動費等雑費がかさむ。色々大変なのだ。
まぁ、もともと戦闘が好きでやっている者達だ。戦場に行く簡単な手段として、組織を利用しているに過ぎない。趣味のようなものである。
といってもエリックは戦闘が好きな訳では無い。
戦っていれば、いつかクリスに会える日が来ると思っているのだ。
あの時その後どうなったのか、知りたい。
だからエリックは、傭兵をやっている。
(レイヴァリーに行けば…何かわかるか…?)
窓から外を眺め、ため息をつくエリックの息は、白い。息は窓ガラスにあたり、白く水滴を作った。外の宵闇には、ルゥンサイト特有の雪原が広がっているのだ。
レイヴァリーにルゥンサイトからの物資を届け、後にレイヴァリー防衛に加わる事。
それが今回の依頼である。物資はルゥンサイトの研究者が持っているらしく、今はその首都・オジュテーに向かっている途中だ。
今走ってる街道を行けば、あと一日ほどで到着する。
(ルゥンサイトか……一緒に行く筈だったよな…)
エリックがそんな事を考えた時。
「運転、代われ。」
隊長がトレーラーを止めながら言ってきた。
どうせ眠れないし断る理由もないので、エリックは軽く頷いて引き受ける。
そして運転を代わると、隊長はさっさと移動し、寝てしまった。この人は恐ろしく寝つきと寝起きが良い。