『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第二部』-9
「…くそ、間に合わない!」
なんとか助けようとするエリックのかなり前方で、アーゼンに集中砲火が浴びせられた。
…しかし。
アーゼンは突然大きく横に跳んで銃弾をかわすと、再び前に突進する。
その運動能力は、従来のワーカーの比では無い。
再び浴びせられる銃弾。
アーゼンはなんと、九メートルほど上に飛び上がってこれもかわした。
通常のワーカーは、火薬ブースターを使っても三メートルが限度だ。
「……な………!?」
驚愕しっぱなしのエリックの視界内で、アーゼンは跳んだ勢いそのままに、近くに居た敵機を踏みつけていた。
潰れる敵機。ここまで近付くと、アーゼンに攻撃してくる敵の数は限られる。
しかしそれでも、放たれる銃弾は決して少なくない。
近距離から放たれるその弾を、アーゼンは身を捻ってかわし、ナックルガードで弾き、そして体の回転そのままに、ナックルガードで近くの敵機を殴りつける。
コクピット部の潰れた敵機はそのまま動かなくなり、その間にもアーゼンの持つマシンガンは、的確に敵機のコクピットに穴を穿つ。至近距離なだけに威力が凄い。
「…………く、くそ、負けるかよ!」
いつの間にか止まっていたペール?の足を再び動かし、エリックは遮二無二前進する。アーゼンの活躍に圧倒されてしまった自分が…見とれてしまった自分が悔しくて。
しかしその間にも、アーゼンは次々と敵機を撃破し続ける。
空中から飛んでくるS型ワーカーが放つ銃弾も、まるで当たらない。
逆にいともあっさりと打ち落とされる。
まるで狙いも付けず、適当に撃っているような銃弾は、面白いほど敵機を沈黙させてゆく。
そんな事が続き、ジュマリアの部隊が遂に下がり始める。
その時。突然アーゼンの左腕が吹き飛んだ。
続いてアーゼンが何かに気付いたようにナックルガードを振りかぶって跳躍する。
そしてその先に居た白銀のワーカーは、振り下ろされるナックルを横に跳んでかわした。
どうやら白銀のワーカーの放った銃弾が、アーゼンの左腕を吹き飛ばしたようだ。
「……あれは……!」
それがクリスの駆るミネルグだと気付いたエリックは、更にダッシュで二機を目指す。
ようやくアーゼンが最初に倒したワーカーの残骸達までたどり着き、動かない機体達の横をすり抜けていく。動かぬ機体の横を通り過ぎる時。戦闘中で酷く興奮しているのに、エリックは心の中が冷え冷えとするのを感じた。
そんな感覚を振り切るように前に飛び出し、遂にエリックは二機の元に辿りついた。
かなり経っている筈だが、それでも二機の戦いは続いていた。
アーゼンのナックルをミネルグが横に跳んでかわし、かわしざまの銃撃をアーゼンは地に伏せるようにしてやり過ごす。そしてそのまま伸び上がるように放たれるナックルは、ミネルグの再びの横っ飛びで回避される。
実力は全くの互角……いや、片腕を失っても、まだ少しアーゼンが押し気味だ。
なにしろあのナックルはシールドでは防げない。条件では、片腕でも同じ事なのだ。
そして、ミネルグはアーゼンを倒しにいっていないように見える。
いつの間にか、ジュマリアの部隊は撤退している。
恐らくクリスが殿(しんがり)を務めているのだろう。
「…………」
エリックは迷った。今この場で、彼は二人の命を握っているのだ。
アーゼンに加勢すればミネルグを倒せるだろうが、そんな気にはなれない。
かといってミネルグに加勢しては、立派に反逆者だ。
もうすぐ後続のワーカー達も追い着いてくる。
だが、その迷いも長くは続かなかった。
横っ飛びをした拍子に、ミネルグの膝が、潰れたのだ。
ひたすらに続いた横っ飛びに、耐えられなくなったらしい。ミネルグの動きが止まる。
そこへ、アーゼンのナックルが襲い掛かる。
「くそ!」
思わず。舌打ち一つして、エリックはトリガーを引いていた。
拳を振り下ろす寸前でアーゼンは後方に飛びのく。その直ぐ前を、銃弾が掠めていった。
あのまま突っ込んでいれば、確実に被弾していただろう。驚くべき反応だ。
そして、飛びのいたアーゼンの首が、ぐりっとペール?に向く。
アーゼンのカメラアイがエリックを睨み付けた気がして、エリックは寒気を感じてしまう。
と、その瞬間。いきなりミネルグから煙が噴出され、辺りは煙に包まれた。
「あ……」
呆気に取られるエリック。アーゼンも、反応が遅れている。
そして煙が晴れた時。そこには動かぬミネルグが残されていたのだった。