『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第二部』-7
「奇遇ね。」
アルファと名乗った青年を連れて食堂まで来ていたエリックは、アリシアというらしい女性を連れたミーシャと鉢合わせしていた。
「…な、なんでお前が……?」
「こっちの台詞よ。」
予期して居なかった事態に驚きの表情を浮かべるエリックに、ミーシャが無感動に言う。
「ドウシタノ?」
それを尻目に、アルファがアリシアに訊ねていた。
「……貴方とはぐれて迷ってしまっていた所を、この方に案内していただきました。」
アリシアは極めて事務的に、ミーシャを目で指して淡々と言った。
それを聞いて、エリックは合点がいく。要は、アルファと自分のパターンなのだ。
ただそれがミーシャだったというのが、なかなか運命的だが。
「…こっちも同じようなもんだ。」
アリシアの説明に便乗するように言うと、エリックはミーシャに向き直る。
と。ミーシャが固まっている。エリックはふと気付く。
「そういえばミーシャがアルファの声を聞いたのは、これが初めてだったか。……おい、しっかりしろって。」
苦笑しながら、エリックはミーシャの肩をとんとん叩く。
「別に大丈夫よ。つまりは迷ったエリックを、彼が連れてきたんでしょ。」
「逆だ!大丈夫じゃないだろお前!」
「アハハハハハハハハハ!!オ、オ腹痛イ……」
思わず突っ込むエリック。それを見て、アルファが大笑いしていた。
「元はと言えばお前のせいだ!」「あんたのせいでしょ。」
そんなアルファに飛ぶ、エリックとミーシャのダブル突っ込み。
アリシアは、そんな彼らをただ黙って眺めている。
「ハゥ!…マァトモカク、コレモ何カノ縁デスカラ、一緒ニ御飯食ベマショ〜ヨ!…アリシアモ、構ワナイカナ?」
一度怯んだアルファだったが、直ぐに立ち直り、誘いをかける。
「はい。お二人が良いと言うなら、私に異論はありません。」
「いや、良いとは言ってないんだが……」
「どうせ反対しないでしょ。」
そうして彼等は、一緒に朝食を摂る事に相成ったのだった。
「彼…アルファは事故に遭って記憶と家族、そして身体の殆どを失いました。生死の境を彷徨って居た彼を、ワイザー博士は研究の実験体として引き取ったのです。」
「ソウナノ。実ハコノ体、大半ガ人工物ナンダヨ〜。」
全く悲惨さを感じさせない明るさで、アルファがアリシアの言葉を継ぐ。
朝食を共にしていた四人は配給食をつつきながら互いに軽い自己紹介を済ませ、話はアルファの身の上話になっていたのだった。
最初はアルファが話そうとしたのだが、彼は聞き取りにくいマシンボイスな事もあって、アリシアが説明に回っていたのだった。結局、アルファも口を挟んでいたが。
「それで、実験ていうのは何の実験なんだ?」
アルファとは対照的に全く表情の無いアリシアに、エリックは聞いてみる。
「…新たに開発された人口筋肉を応用したワーカー。そのパイロットを作成する為のプログラムです。」
淡々とした口調でアリシアは説明する。
「新型ワーカー、アーゼンは以前のものと一線を画す能力を持ちますが、その機構の複雑さ故に、パイロットにはある手術を必要とします。……そして手術を受けて目を覚ましたのは、アルファ一人。私は、彼の補佐兼監督役を命じられています。」
その説明を聞く内に、エリックの頭の中に一つの考えが浮かんでいた。
ミーシャも同じ事を考えたのか、エリックに目配せをした。
「もしかして、半年前にカイルってやつがそっちに行かなかったか?」
そう。もしかするとカイルもアルファと同じ実験に使われていたかも知れないのだ。
しかし……
「私にはわかりかねます…すいません…」
無表情なまま目を伏せて、アリシアは首を横に振った。
「………そうか。」
考えれば、アリシアがどの程度研究に関わっているのかも解っていない。
進展の無い状況が、エリックを急に苛立たせた。
「……結局進展は無しか……」
呟いてため息をつくと、エリックは盆を持って席を立つ。
「それじゃ、俺は訓練してくる。じゃあな。」
その突然の退席にアルファが不思議そうに首を傾げるが、気にしない。
「ア、ソレジャ、マタ今度〜」
マシンボイスを背に受けて、エリックはその日もトレーニングルームに向かう。
こんな状況がいつまで続くのか。出口は見えないままだった。