『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜第二部』-13
「なかなかいけるわね……ナビアの配給、侮りがたいわ……」
クリスは豆スープを口に運び、クリスは唸る。
二人は食堂のテーブルにつき、向かい合うようにして座っていた。
「どうせお前の事だから、いつも携帯食料だろ?それよかはましに決まってるさ。」
お前は何者だという思いを噛み殺し、エリックは軽口を叩く。
「うるさいわね…あたしは多忙だから、落ち着いてご飯なんて食べてられないのよ。それにジュマリアは配給も途切れがちだし……」
「まぁ良いさ、お前には携帯食料が似合ってる。」
「……わけ判んないけどなんかムカつくわね、それ…」
いつかもあったようなやり取りをしながら、二人は楽しく夕食をとる。
その感覚に、エリックの表情も随分と和らいでいた。こんなに楽しいのは久しぶりだ。
しかしその後ろに、迫る影があった。
「楽しそうね。」
「ミ、ミーシャ!?」
皿の乗っているトレイを持ったミーシャが、エリックの背後に立っていたのだ。
クリスはジュマリアの人間だ。あれこれ聞かれるとまずい。
「隣、座るわよ。」
有無を言わさず、ミーシャはエリックの隣に席をとった。
自然、ミーシャとクリスも向かい合う形となる。
クリスの視線が、ちくりとささる。
沈黙。
「えっと……こいつはミーシャ、俺の訓練学校時代からの友人だ。それでこっちが……」
「クリス。エリックの婚約者よ。」
「な………っつ!?」
しれっと答えるクリスに、エリックが驚きの声を上げようとした瞬間。
クリスの足がテーブルの下で、エリックの向うずねを蹴っていた。
まぁ、クリスの言葉もあながち間違いとは言えないのだが。
「くぅ……ぉぉおお……」
「そう。」
悶絶するエリックに構わず短く答え、ミーシャは食事に手をつける。
そしてその切れ長の目を、クリスに向けた。
「見ない顔ね。所属と任務は?」
「新しく来たんだもの。ガルフェット小隊所属…督戦隊よ。」
ぺらぺらと言葉を紡ぎ出すクリス。
おそらくそこら辺は、ぼろが出ないようにしてあるのだろう。
「そう。」
中空でぶつかり合う、クリスとミーシャの視線。
ようやく悶絶から回復したエリックも、これでは生きた心地がしない。
再び沈黙。食器の擦れ合う音だけが、彼らの間に流れるBGMだ。
「まぁ、どうでも良いわ。またね。」
食べ終えたミーシャは軽く息をつくと、そのままトレイを持って席を立つ。
「あ、あたしもそろそろ行くわ。またね、ご馳走様。」
片目を瞑ってエリックに言うと、クリスも席を立ってしまった。
おそらく調べ物でもするのだろう。
そしてクリスが立ち去り、エリックはぐたっとテーブルに突っ伏した。
まだ食事はかなり残っていた。皿の半分以上はそのままだ。
二人の雰囲気に飲まれて、あまり食べられなかったのだ。
「アレ、エリックサンジャナイデスカ!御飯、一緒ニ食ベマショウ!」
ぐったりとしているエリックに、マシンボイスで話しける者がいた。
といってもエリックはマシンボイスの人物に、一人しか知り合いは居ない。
そして、その人物に付き添っている人物も知っている。
「アルファか……構わないぞ。アリシアも、一緒に食べるんだろ?」
「……はい。」
相変わらず無表情に言い、アリシアはエリックの向かいに腰を降ろしたアルファの隣に席をとる。
「ソレジャ、頂キマ〜ス!」
相変わらず元気良く、アルファは食事にとりかかる。まるで子供である。
しかしその裏の苦悩を知っているエリックには、アルファが眩しく見えてしまう。
アルファの言葉を信じるなら、彼は幾多もの敵の心を読んで戦っている。
殺す相手の死の感覚や恐怖、そして憎悪を受け止めるなど、エリックには考えられない。
まして相手が大人数となれば、尚更それはきついものだろう。
しかしアルファは、エリック以上に明るく振舞っている。
「…俺もさっさと、もっと強くなんなきゃな……」
「ン?ドウシマシタ?」
「いや……なんでもない……」
目標が増えてしまったと思いながら、エリックは本格的に食事をやっつけ始めた。