『兵士の記録〜エリック・マーディアス〜』-8
第四話・探索行
《変後暦四二三年四月?日》
ライトが照らす暗闇の中を、エリックは歩いている。
改めて見てみると、地下空間はなかなかに広大だった。
超高層とまでは行かないまでも、背の高いビルのような建物が並び、現代と同じくらい発達した文明の香りを放っていた。もっとも、多くのビルが崩れてしまっていたが。
そしてそんなビルの内、もっとも手近で頑丈そうなビルに、エリックは入ってみたのだ。
……中はかなり荒れ果てていた。
天井からはコードが垂れ下がり、床は瓦礫や壊れたメカらしきもので一杯だ。
上の階に続く階段は崩れているので、探索範囲は一階だけ。それでも、かなり広い。
「全く……役に立つものは無さそうだな…」
だれに言うでもなく、エリックは呟く。
不安な時に独り言を言うのは、エリックの癖になっているようだ。
ライトに浮かび上がる場所以外は全くの暗闇。
加えて全くもって未知の領域であるという状況が、エリックの不安を煽っていた。
「全く……二人で行った方が安全だろうに……」
尚もぶつくさ言いながら、エリックは進む。
今の所、このビルも足元に転がるメカらしき物も、何に使われていたかすら不明だ。
なにしろ文明が違うのだ。
「文明……か……」
そこで初めて気が付いたように、エリックは考えた。
「現代と……似てる……?」
そう。外見から内部まで、この建物は現代にある建物に酷似している。
「なんで……滅んだんだろ…」
そこに考えが及んだ時、エリックの脳裏に何かで読んだ話が思い浮かぶ。
「なんかの怪物とか………!?」
そう、人類の驕りが生み出した戦闘生物。
彼等は自分を生み出した文明をも滅ぼし、今もまだこの闇に息衝いているのだ……
「…なんてな。」
エリックが自分の想像を一笑にふそうとしたその瞬間。
ピリリリリ!ピリリリリ!
甲高く響いた電子音に、エリックは飛び上がりそうになった。
いや、実際三〇センチ程跳んだ。
通信機が鳴ったのだ。
エリックは心臓をばくばくさせたまま、恐る恐る通信をとる。
「だ……誰だ……?」
考えてみればここは地下だ。外からの通信が届く筈も無い。
そしてクリスにも回線番号は教えていない。エリックは急に怖くなって来た。
……かけてきたのは、意外な人物だった。
「あたしよ、クリス。そっちの状況は?」
通信機から聞こえてきた声に、思わず脱力する。
「なんだ……クリスか……って、なんで俺の回線番号を!?」
ほっとしたのも束の間、かなりの勢いで聞き返してしまうエリック。
「え?あんたの機体いじってるついでに、パーソナルデータを見たのよ。それで、状況は?」
さらりと言いつつ、クリスが再度報告を迫る。
「お、お前なぁ………まぁいい、こっちは建物内部の損傷が酷い。使える物は無さそうだ。」
こめかみを押さえながらも報告するエリックはふと、ある事に気付く。
「そういえば、どういうものを持って来れば良いんだ?」
「そうね……あんたの判断に任せるわ。考えれば大体判るでしょ?」
「ふむ。分かった。ところで、そっちの状況はどうだ?」
自分だけ報告させられるとイニシアティブをとられてしまうような気がして、エリックは聞き返す。既に手遅れである事には気付いていない。いや、敢えて気付かない。
「こっち?順調よ。大体のチェックは終了して、これから修理を始めるわ。」
「そうか……通信しながらでも、作業はできるか?」
「問題ないわ。……通信切りたくないの?怖がりなのね。」
通信機から、くすくすと笑い声が漏れてくる。
「そ、そういう訳じゃ……」
エリックは反抗しようとするが、図星なだけにうまく言い返せない。
「あはは、良いわよ。じゃ、何をお話するの?」
完全に馬鹿にされている気がしたが、通信機から聞こえるクリスの声が柔らかくなっていた事で、そこまで悪い気はしない。
不気味な重苦しさでエリックを包んでいる闇も、大して気にならなくなっていた。
心なしか、建物を進む足も軽い。