「遠い隔たりと信じられない近さ」-1
雪が強く舞っていた。
荒波のような風に身を任せて地表に落ちてくる。遮られた光によって、景色はまるで水墨画のように色をけぶらせる。
その様子を見つめる1人の少年。その目に映る様は、異質な世界に思えた。
彼には、冬の凍てつきも夏の日射しも届かない。
日がな病室のベッドに横たわり、窓の向こうで繰り広げられる季節の移り変わりを、ただ眺めて過ごすしていた。
窓の桟に当たった風が、哭いている。この寒風にさらされれば、わずかな時間も我慢出来ないだろう。
しかし、そんな状況も少年には無縁だ。彼は物心ついた頃から、病室以外を知らずに生きてきた。
(また、この季節を迎えてしまった…)
少年には、抗うことの出来ない己れの人生を、悲観するくらいしか出来なかった。
遠くに目を向けた。
いつもは見える山々も、寒々しい白に染まった中で、輪郭だけが浮かんでいる。
一見、死んだような世界。だが春になれば、いっせいに命を吹き返す。
少年は思った。
いつ、自分もそうなれるだろうと。
山々に囲まれた片田舎の小さな診療所。少年はここで1人、“命”を紡いでいた。
「遠い隔たりと信じられない近さ」
「はあ…」
少女は、机の前でため息を吐いた。思い詰めた表情で。
なすべきことが有るのに、気持ちが集中出来ないでいた。
ふた月足らず先に控えた高校受験。少女が初めて見た“未来の夢”を実現させようと、彼女はずいぶん前から頑張っていた。
しかし、大事な追い込み時期を迎えたというのに、心は全く奮起しようとしない。
それどころか、気が滅入ってしまう。代わって湧き上がってくるのは、逃げ出したい衝動。
少女自身、それが何故なのか解っていた。
「はあ…」
深刻そうなため息が、また漏れた。
「やめた」
机に広げた教科書を閉じかけた時、少女の背後から何やら物音がした。
音のした方に目をやった。電気スタンドの明かりに照らされた部屋には、敷き詰められたたくさんの布団があった。
そこで眠っているのは、少女の“妹”ともいえる仲間逹。
少女の顔が、柔和になった。
机から立ち上がると、おもむろにひとりの子の前にしゃがみ込み、
「また、こんな寝相で。風邪ひくわよ」
めくれ上がった布団をそっと整えてやった。
それから少女は、眠る妹たち1人々を、しばらく見つめていた。固い表情だった。
(わたし、必ずここに帰ってくるからね…)
少女は心の中でそう呟くせると、再び机に向かった。