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「遠い隔たりと信じられない近さ」
【ファンタジー 恋愛小説】

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「遠い隔たりと信じられない近さ」-2

「こんにちは」

 ある日の午後、少年のいる病室の扉が開いた。現れたのは母親だった。

「お母さん」

 眠っていたのだろうか。薄い笑みを湛えたまぶたは、まだ半ば閉じていた。
 母親はベッドの傍らに置かれた椅子に腰を降ろす。
 親子が顔を合わすのは、半月ぶりのことだった。

「顔色も良さそうね」
「そうかな…」
「さっき先生とお話ししてきたけど、最近は食事も残さず食べてるんだって?」

 話しかける母親の手が、横たわる少年のおでこを優しく撫であげる。
 愛情あるぬくもりに触れ、少年はさらに喜んでいた。

「早く元気になりたい。元気になって、外で遊びたい…」
「大丈夫。もう少し辛抱したら、帰れるようになるわよ」
「春には帰れるかな?お母さん」

 無邪気な思いが、母親の顔を曇らせる。
 診療所の医者や看護婦に対しては、おくびにも出したことがない感情が、つい口をついてしまったようだ。

 少年の心情を察した母親は、すぐに明るく振る舞う。

「今の調子で発作も起きなければ、春には帰れるわよ」
「本当に?」
「ええ。お母さんも先生に頼んであげるから」
「本当だね。約束だよ」

 毛布から出てきた弱々しい右手。小指をつき立てている。母親は自分の小指を少年の小指に絡めた。

「♪ゆーびきーり…」

 無垢な瞳が輝いていた。見つめる母親も、慈愛に満ちた目をしていた。

 少年が春には診療所を出る。
 それは、今の時点では希望的観測に過ぎないことを、母親は知っている。
 しかし、例え嘘であっても、このことで少年が希望を持つことが出来れば、実現可能だと信じてやりたかったのだ。

 約束の儀式が終わると、母親が、

「あ、そうそう。この間頼まれてた物、借りてきたのよ」

 思い出したように、手提げ袋の中から何やら取り出した。

 手にしているのは数冊の本。

「お母さん、ありがとう」

 表紙を見た少年の顔に、わずかにほころぶ。

「どれがいいか分からなかったから、適当に選んだわよ」
「何だっていい。お母さんの選んだのなら」

 景色を眺めるしか出来ないこの病室では、たとえ本でも気晴らしになる。
 それに、少年がまだ元気だった頃に、母親に読み聞かせてもらう事が楽しみのひとつでもあったからだ。

 喜ぶ顔を見て、母親はほっとした。


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