「遠い隔たりと信じられない近さ」-3
「図書館の方に理由を話したら、貸し出し期間を1週間してくれたのよ」
「本当に?」
「これだけじゃないの。ずっと1週間にしてくれるって。
これからは毎週、色々な本を持って来てあげるわ」
「ありがとう、お母さん」
母親は腕時計を見た。すでに面会時間をオーバーしていた。
「そろそろ時間みたい」
「もう帰っちゃうの?」
少年の顔に悲しみが浮かんだ。
「来週には会えるから、それまで待っててね」
母親は少年を胸に抱き寄せた。
「お母さん…」
「また来るからね」
憂いた目で、おでこを再び撫でてやった。
「お母さん、また来週だよ」
「うん」
母親の姿が扉向こうに消えると、見送る少年の目が無表情に変わった。
母親が本を持って面会に訪れるようになって、景色を眺めるしかなかった少年の生活は、劇的に変化した。
食べる時と眠る時、それに治療を受けている時を除けば、ほとんどの時間を本に費やしていた。
最初は児童向けの絵本が主だったのが、次第に図鑑や児童書などとレパートリーも増えた。
様々な本から得られる世の中の事は、何も知らない少年にはどれも新鮮りで、“心の平穏さとたくさんの知識”を与えてくれていた。
すると、少年の体調も変化しだした。
入院当初から診てきた医者が、著しい回復ぶりに驚いた。
しかし、それもほんのふた月足らずだけだった。満たされていたはずの心が、瓦解したのだ。
少年が本以上に望んでいた“診療所を出る”ことが叶わなかったのだ。
「もうすぐよ。ほら、今日も持って来たのよ」
励ます母親。少年の目につくよう、枕元に本を置いた。
「向こうに置いといて…」
少年は見ようともせずに、本に背を向けてしまった。