「遠い隔たりと信じられない近さ」-28
夜。アイコのもとに、晶からの相談があった。
『アイちゃん、どう思う?』
『矢野さんは良いお話しって言ったんだよね?だったら、退院とかの話じゃないかな。
アキくんは、最近どうなの?体調のほうは』
『そういえば、発作もしなくなったし、マスクしなくても息苦しさを感じなくなった』
『じゃ、そうだよ』
アイコの言葉を晶は素直に喜べない。退院の話なら、こんなに嬉しいことはないはずなのに、長い入院期間が疑う心を芽生えさせた。
『何だか、信じられないよ』
『とにかく、明日には分かるんだから、また教えて』
『分かった』
晶は本を閉じた。
その日の夜は、消灯をかなり過ぎても寝つけなかった。
翌日、午後。
晶と母親の待つ病室に、矢野を従えて担当医の江嶋が訪れた。
江嶋は先ず、ここ数週間における診察や検査結果の見解を伝えた。
「……特に最近は、呼吸器や心臓の音も健常者とほとんど変わりなく、食欲もありますし」
そこまで言うと、江嶋は晶の方を見た。
「何より、表情が明るくなりました」
「先生、ありがとうございます」
どんな話かと心配していた母親も、喜んでいる。
江嶋は、「そこでですねえ…」と前置きをして続きを語りだした。
「お子さんを、転入させる気はありますか?」
明から暗。母親は冷水を浴びせられた気分になった。
しかし、江嶋の方は柔らかい表情のままだ。
「勘違いなさらないで。この場合は、もう此処での治療は終わったという意味です」
「じゃあ、転入って?」
「日常生活に戻るためのリハビリです。此処には、専用の施設が無いので」
江嶋の話では、何年もの入院生活によって、歩くこともままならないほど晶の筋力は落ちてるそうだ。
「すぐに自宅に帰っても、日常生活に支障があっては、意味をなさないでしょう。
その辺りをリハビリで補えば、より早く社会復帰できるはずです」
「何処か、いい病院をご存知ないですか?」
「必要なら、わたしどもで紹介しますよ」
「宜しく、お願い致します」
相談中、ひと言も発しなかった晶が、江嶋に訊ねた。
「先生、転入っていつ頃になるの?」
江嶋は、腕組みをして考えてから、
「そうだな。あと半月先ぐらいかな」
(半月先…)
周りが喜びの表情を湛えてる中、晶は1人、釈然としない顔をしていた。