チャリンコに乗ったオウジサマ-3
「へ?」
今、なんて言った?どういう意味?え?ええ??えええ??ええええ????
「オレ、冬子さんのことが好きです。2年前に最初に走ってる姿見たときからずっと…冬子さんから見たらオレなんてガキで頼りないかもしれないですけど…オレと付き合ってもらえませんか?」
「う、ウソっ。だ、だって私バツイチだよ?陽人くんより一回りも年上だよ??は、犯罪だよ?」
慌てふためく私に対し、陽人くんはすごく落ち着いている。
「いや、犯罪じゃないですよ。オレ一応成人してますし」
「そ、そうだけど…」
「なんかこんな状況で切り出すなんてフェアじゃない気がしますけど…もうこんな話できる機会ないだろうし…それに年齢とかバツイチとか関係なくないですか?」
頭ではわかってる。バツイチなのも年齢も恋をしない理由にしちゃいけないことくらい。でももう傷つきたくない。あんな思いはしたくない。あの日あの女が幸せを簡単に壊したこの家に居続けるのは自分への戒めの為…
「冬子さんはオレのこと嫌いですか?」
黙ったままの私に、陽人くんが穏やかに訊ねる。
「嫌いなんかじゃないよ。いつもキミの笑顔に癒されてるし、助けてくれたこともすごく感謝してる・・・でもね、怖いんだよ」
「怖い?」
「1回ね、ものすごく傷ついたわけ。信じてた人に裏切られたの。その後の戦いもすごく辛かった。戦いが終わったあとも、ずっと辛かった。だからね怖いんだよ。また誰かを好きになって、信じて、裏切られて同じように傷つくのがすごい怖いの。人を許せなくなることが怖いの。だから…」
離婚してから誰にも言えなかった本音をなぜほぼ出会ったばかりの一回りも年下の男の子に打ち明けているんだろう。
「冬子さん、誰にでも過去はあります。でもいつまでもそれに縛られてたら何もできなくなっちゃいますよ」
確かに正論だ。
「オレ、冬子さんのこと絶対裏切らないなんて約束できないですけど、裏切らないように努力します。モノは試しで付き合ってみませんか?付き合ってみて、合わないって思ったらその時ははっきりそう言ってもらっていいですから、お願いします」
陽人くんは突然立ち上がるとそう言って頭を下げた。決しておちゃらけたりしているわけではなく、真っ直ぐな熱意が伝わってくる。
「わかった。少し時間をもらえないかな?きちんと返事したいの。よかったら連絡先教えてくれる?」
「はい」
自分の中でもう心は決まっていたんだと思う。でもこの状態では伝えちゃいけない気がして。お互いの連絡先を交換すると、陽人くんは帰っていった。
「遅いから気をつけてね。今日は本当にありがとう」
「こちらこそ遅くまでお邪魔してしまって、ありがとうございました。じゃぁ、また」
「うん、またね」
小さくなっていく後ろ姿を見送るのがなんでこんなに切ないんだろう。一人ぼっちのリビングはもう慣れっこなはずなのに、なんだか今日は余計に寂しく感じる。こういう時は早く寝るに限る。後片付けをして、お風呂に入ってもう寝よう。
お風呂から上がると、陽人くんから無事に家についたことと食事のお礼のメールが入っていた。律儀な子だなぁ。
「無事でよかった。今日は本当にありがとう。おやすみなさい」
それだけ入れて返信する。そのまま私は哲さんにメールを送った。できれば早急に会って話したいことがある、と。明日は土曜日。哲さんも休みのはず。予想通りすぐ明日の夕方約束を取り付けた。さてそれまでに片付けるべきことを片付けなくちゃ。
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朝起きて。日頃なかなかできない家事を片っ端からやっつける。当時から専業主婦には向かないなぁとは思っていたけれど。着替えて出かけた先で生花店によって小さな花束を買う。向かったのは元夫の眠る場所。結婚している時に何度か来たことがあるこの場所にこうして再び来ることになるとは、そしてこんなに早く来ることになるとは思いもしなかった。墓前で決心について報告をする。その義務はないかもしれないけれど。
「ずっと許せないままでごめんなさい」
最後に心の中でそう告げてから次に向かったのは知り合いの不動産業者。あの家の査定をお願いし、煩雑な手続きを済ます。そして次の住まいによさそうな物件をいくつか下見させてもらって、あのコンビニには行けなくなってしまうけれど最寄り駅を出てすぐのマンションを借りる契約をした。駅前なら昨日の夜のような怖い思いをする危険性は若干減るんじゃないかと思って。そのまま少しウインドウショッピングして新生活に必要そうなものをチェックしたら哲さんとの待ち合わせの時間になった。
「よ」
待ち合わせはいつものカフェ。今日は私の方が先に着いた。
「休みの日にごめんなさい」
「いや、大丈夫。どうした?オレから卒業する決心でもついた?」
ニヤリと笑う哲さんに絶句する。私のその様子を見て
「図星だな。で、相手はあのコンビニ店員くん?」
さらに驚く私に哲さんは
「何年お前のそばにいたと思ってんだ?」
と笑った。
「まぁ、そんなことになるんじゃないかなとは思ってたよ。相談ならいつでも乗ってやるから何か困ったことあったら連絡しろよ」
少し状況を説明したあと、哲さんはそう言ってくれた。
「もうフユを抱けないと思うとちょっと残念だけどな」
別れ際、そう笑った顔がちょっと寂しそうに見えたのは自意識過剰だろうか。
「でもフユには今度こそ幸せになって欲しい。手、離すなよ」
「うん。ありがとう」
「じゃぁ」
たぶんもう会うことはないのかもしれない。数年間のブランクはあったものの17年もそばにいてくれた人。傷を舐め合ってきたけれど前に進まなきゃ。私も、哲さんも…