是奈でゲンキッ！-4
そのころ、坂下のゴール地点では。
「おいっ斎藤っ！ Ｂ組の連中、皆集まって何やってるんだ！？」
「ようっ田原！ 今帰りかぁ。…いやぁ何でもさぁ、うちのクラスの女子が坂下りに挑戦するんだってよ」
「えっ！ 坂下り！！」
「あれ……知らないのかお前？ 最近流行ってるらしいぜ、自転車で『氷坂』を下るタイムを競い合うの。俺はやりたくはないけどな」
「へえぇ。女子でもそんな事するんだ……」
是奈と同じ、『県立藤見晴高校』２年の『田原 嘉幸（たはら よしゆき）』は、偶然通りかかった氷坂の下で、屯（たむろ）っていた男子生徒数人を見つけると。その中に居た親友の『斎藤 章吾（さいとう しょうご）』に、声を掛けていた様子である。
章吾は、いったい何の騒ぎやらと訝しむ嘉幸に、ザッと、事の成り行きを説明すると。暇だったらお前も見物して行かねーかぁ と、嘉幸を誘っていたようである。
嘉幸は、余り興味もなげに「ふ〜〜ん……」と、生返事な受け答えをしていた様子だったが。
それでも、そんな危険な事にチャレンジしようと言う女子って、どんなスポコン女子なのだろうかと、そっちの方に興味があったらしい。
「何か面白そうだし。俺も見物して行くとすっかな」
そう呟くと。
乗って来た愛用の白いマウンテンバイクから降りて、それを道路脇に停めて、一目その女子の姿を見て行こうと、章吾の背後に付いて、氷坂の遥か上の方へと視線を送っていた。
そんな女子のスタートを待ちわびる章吾も、暇つぶしにと嘉幸に声を掛ける。
「見物だけ何て言わねーで田原ぁ、お前もやってみればいいじゃん。それともお前の『マングース（マウンテンバイク）』は、伊達かぁ」
そう言われて嘉幸は、
「マウンテンはスピード競技用じゃねーからな。それに、俺は坂下りで競い合うような事には、興味なんかねぇよ」
と、そう言いながら、自身の顔の前で手をパタパタと振ったりもする。
「なあ斎藤……」
「あぁっ……」
「前から思ってたんだけど、Ｂ組って、そういう……男みたいな事する女子って多くねぇ。Ｄ組にはそんな女子一人もいねーぞぉ」
「はっはぁ〜っ！ そいつは言えてるかもなぁ。俺だってこんな馬鹿みたいな事をするのは『中村』だけかと思ってたけど、まさか、朝霞さんまで挑戦するとはさ、正直驚いたよ」
「へえぇ……朝霞さんって言うんだ。けっこう根性あるじゃん」
「それに、かなり可愛い子だぜ！ 田原っ！ お前口説けよっ」
「言うなよ！ 口聞いた事もねぇ女子に、そんな事出来るほど俺には度胸なんかねえっつうの！」
「俺も同じさぁ！ はっはぁーーっ！」
嘉幸と章吾、のん気にそんな会話を交わしていると。
どうやら、そろそろ是奈のスタート時間らしい。彼女のチャレンジを、サポートする役の女子達が慌しく動き回りはじめるのを見て、嘉幸たちギャラリーも、坂の上の方で小さな豆粒のような姿をした是奈に、集まった全員が、固唾を飲んで注目した。
〜〜〜〜〜〜
「もしもし〜彩霞ぁ。こっちはＯＫだよ。車も人通りも無いから、いつでも来て良いよぉ〜」
坂の下、ゴール地点に居た彩霞の親友都子から、携帯電話でそんな連絡を受けると、彩霞は是奈の背中を軽く叩きながら。
「了解了解っ！ 風も無いし絶好のコンディションだぁ！ そろそろ行くから都子っ！ 引き続き監視を続行してくれっ」
と、さも自分事のように、張り切ったりもする。
「はいはいこちら都子ぉ。了解っすぅ〜」
とか何とか、是奈以外の人たちは、無駄に気合が入り捲くっていた。
ほんとっ！ この人達って自己中なんだからっ！ 人の気も知らないで……
是奈は未だにやる気がない。
そんな時である、又しても都子が、携帯で何やらを報告して来た。
「聞いて聞いて〜！ Ｄ組の田原くんが応援に来てるよ〜！ 彼って是奈ちゃんの彼氏だったよねぇ！！」
「おおっ是奈！ 聞いたか！！ 憧れの君がお前の晴れ姿を見に来てくれたってよっ！ こいつは張り切るっきゃねーぞぉっ！！」
都子の報告を聞いて、興奮した彩霞に、是奈は背中を思いっきり叩かれ。
「ちちちっ違うよ！ そんなんじゃないよぉ！！ あたし田原くんとは口だって聞いたこと無いのに…… そんなぁ彼氏だなんて…… 佐藤さんったら何言ってるかなぁ！」
取り乱した是奈の顔も、真っ赤になっていたるする。
確かにＤ組の『田原 嘉幸』の事を、密かに思っていたりもする是奈であったが。本人が言う通り、当の嘉幸とは何ら面識すらなかったようである。しいて言えば１年生の時、同じクラスに成った程度であろう。
憧れてはいるものの、今だ告白すら出来ないどころか、言葉さえ交した事も無く、片思いで居るだけってな所が、現状の様子である。