是奈でゲンキッ!-2
「そう言えば聞いたよ! 彩霞も少し前までは、あの『氷坂下り』のタイトルホルダーだったんだってぇ!!」
突然、都子が思いだしたかのように、そんな事を大声で告げると。
「おおよぉ! 6月中旬までは、俺が女子の部でトップだったんだぜ!!」
と、彩霞も、さも自慢下に言いながら、仰け反ったりする。
ブルータス! お前もかっ!! ……では無いけれど。
そんな彩霞の自慢話に「はいはい、それはよござんしたねっ」と、都子も真由美も、既に彼女の話なんか聞いちゃ居ない様子であった。
そんな二人の事はお構い無く、彩霞は。
「しかしなぁ…… A組の『梨本(なしもと)』のやろうが、『ロードレーサー(スピードレースに使ったりする、競技用のスポーツ自転車)』なんか持ち出してきやがったもんだから、あっさり記録を抜かれちまったぜ。ったくようぉ! これだから金持ちのお嬢さんは嫌いなんだよなっ!」
そんな事を言いながら、自問自答でもするかのように、腕を組んで ”うんうん”唸りながら、独りで頷いていた。
いったい何時の頃からだっただろうか。クラス対抗のスポーツ競技でもあるまいし。古より『氷坂(こおりざか)』と呼ばれ、地域の人々にも親しまれている『丘の上公園』へと続くこの長い直線の坂道を、自転車でもって下り降りる速さを競い合うチャレンジカップ、『氷坂、自転車下り最速王決定戦』なる競技を、数人の男子生徒が興味本意で始めて以来、参加する者も日に日に増え、あっという間に学年全体にと広ったらく。いつしか、彩霞のように男勝りな女子までもがそんな危険なダウンヒルタイムアタックに、参加するように成り、以来、男子女子共に各クラスとも対抗意識を燃やしつつ、最速記録の叩き出しに、しのぎを削っていた様子である。
「するとぉ…… 今現在、氷坂の下り最速のチャンピオンは、男子も女子も、A組が取ったってことかしら」
なにやら、不意に真由美がそんな事を言い出すと、側で聞いていた都子も。
「それって甲子園の野球大会を、春夏連覇したようなものかしら」
などと、トンチキな事を言ったりする。
そんな二人の会話を聞いてか、今度は彩霞が。なにやら、握り締めた右手の拳を、左掌に撃ち付けながら。
「くっそーっ! A組の奴ら、調子こてんじゃねーだろうなぁ!!」
なんて事を言いながら、口を尖らせていた。
「ねえねえ彩霞ぁ。もう一度挑戦して、彩霞が記録を更新しちゃえばぁ」
都子は、悔しそうに顔を歪ませていた彩霞に向かって、そんな事を言ったようだが。
当の彩霞は。
「駄目ぇ駄目ぇぇ! 俺みたいに、気合だけの『おとこ女』じゃ脚力が足りなくってさ! 到底、A組の梨本には敵わないって」
彩霞はそう言いながら、大柄のわりには、スラリっとした細身の身体をくねらせると、自慢の脚線美を二人に見せ付けながら。まるでグラビアアイドルばりにポーズを気取って「どう! このプロポーション、色っぽいでしょ!」、とでも言いたげな格好をして見せたりする。
そんな彩霞の、即興見様見真似的セクシーポーズに呆れながらも、
「そう言えば梨本さんって、足、太かったもんね」
「だってあの人。現役の自転車部じゃない」
何て事を、納得しきったような口調で、都子と真由美も言うのであった。
どうやら、今回の『氷坂下りチャレンジ』は、A組の『男女ペア優勝』による栄冠と共に、幕を下ろすのであろうか。と、彩霞は勿論、都子も真由美も、まるで自分達が日ごろ頑張っている部活動のテニスで、三年間と言う若き青春の日々を費やしたにもかかわらず、あらゆる大会やら試合やらで、一勝も出来ないまま卒業式を迎えてしまったかのごとく、なんだか肩を落として、ガッカリしていた様子である。
しばらくして真由美が言い出した。
「ねえ誰か、足が速いとか、運動神経が良い女子って、他に居なかったかしら」
言われて、都子と彩霞も「う〜〜ん……」と、考え込んだようだが。
突然、何を思ったか、彩霞が、
「居る! 梨本の奴なんか目じゃない女子が、うちのクラスに一人、居る!!」
と、立ち上がって大声で叫び始めた。
『ええっ、誰、 誰ぇ!』
と、都子と真由美は元論、教室に残って居た生徒全員が、彩霞の次の言葉に期待するかのように、彼女を、一斉の注目した。
当然、そんな仲良し三人組の会話に聞き入っていた是奈も、彩霞の背中を見詰めて、息を飲んでいた。
……すると。
彩霞は大きく右腕を振り上げると、勢い良く振り向いて、上げた腕を振り下ろし ”ビシッ”と是奈を指差した。
是奈は、彩霞に突然指差され、驚いたのだろう。ビックリした顔をして、2〜3歩後づ去ったりする。そして自分自身で自分の顔を指差し、
「っへ! あたっ……あたし!?」
と、確認するかのように、周りをキョロキョロ見渡していた。
そんな是奈のオドケタ様な素行が可笑しかったのか、彩霞は「フフンッ」と鼻で笑うと。
「そうだっ! お前だ是奈っ! B組に栄光をもたらすのは、お前っきゃ居ねーーぇ!!」
大声でそう叫んだのだった。
是奈は最早、彩霞の勢いに押され、頭の中が「ほえ〜〜〜っ!」だったらしい。一体全体、突然何が起こったのやらと目を回しながら、床にへたり込んだ様子である。
そんな是奈とは裏腹に、訳も解らず、
「うぉー! すっげぇぞ朝霞ぁ!!」
「さすが、B組のスーパーウエポン! やるなぁ!!」
「がんばってぇ! 是奈ちゃん!!」
とかなんとか。居合わせた生徒たちの黄色い声援が教室に響き渡っていたようだが。
果たして、そんな彼等の声が、是奈には聞こえていたのか、聞こえていなかったのやら……