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そんなこと言わないで
【同性愛♀ 官能小説】

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全一章-3

「1週間って、お水や食事はどれくらい?」
「・・・どれくらい・・・介護士さんによっては、少し無理矢理食べさせたとか、ペットボトルのお水が減っていたとか・・・」
「そうですか・・・。水だけは飲まずにはおれませんものね。とにかく、水分さえ採っていれば、若いんですもの。何も食べなくったって1ヶ月くらい平気ですよ。多分、舞衣ちゃんにしてみれば、オムツに触られたくないばっかりに、オシッコとかウンコをしたくない気持ちがあって、自分なりに我慢していたんでしょうね・・・可哀想に」
 私の言葉に、弥生さんの縋るような目は涙で溢れました。
「ご主人は?」
「主人も余程のショックだったのか、何も手に付かない状態で、会社の帰りも遅くなって・・・」
 思いもかけなかった愛娘の災難に、思考停止の状態になってしまった気持ちも分からないではありません。でも、娘の怒声に対処もできず、家中に漂う臭気に負けて、会社からの帰宅も遅くなるなんて逃げているとしか思えません。<本当にこんな時、男って役立たずなんだから>。
 弥生さんひとり、ハラハラしながら介護士に気を遣い、あげく、入れ替わり立ち替わりする介護士という名に裏切られ、夫はまともに相談に乗ってくれない。家族の心がバラバラになる前に弥生さんの心が折れてしまうのではないかと心配になりました。

 <とにかくやれるだけのことはやってみよう。私がしっかりしなくては>
 自信のなさからくる弱気を振り切るつもりで、介護のために通うのを止め、舞衣ちゃんの部屋で寝泊まりすることに決めたのです。
 弥生さんは、余りにも思いきった私の決断に、内心では、戸惑いに似た不信感を持ったかも知れません。介護士を名乗りながら、そこまで立ち入ってきた人はいなかったでしょうから。
 彼ら、彼女らは、持ち時間を計算し、しっかりと報酬を請求し、家族の負担を軽くする程度の意識しかないのは当然です。何より、介護士個人が自分の裁量で動くことはできず、派遣会社の意を汲まなければなりませんもの。家族の望みを満足させてくれるような介護士など、いない、と思った方が正解かも知れません。でも私はフリーです。一旦決心してしまえば、人助けをするんだとか、介護士だからとか、報酬などといった考えは一切脳裏にはありませんでした。むしろ、何が何でも、事故前の舞衣ちゃんの美しい姿を見てみたいと思ったのです。
 もうひとつは、このために私を名指しした牧子に、介護の現場で奮闘する姿を見て欲しいという気持ちもありました。

 私は牧子を愛しておりました。
 介護の仕事で疲れた私を、いつも優しく労ってくれました。にもかかわらず、私はそれに甘え過ぎていたのかも知れません。牧子とは一緒に暮らしながら、いつの間にか気持ちがすれ違うような仲になっていたのです。
 原因は私でした。
 どういうわけか、肉体的に疲れたときに限って牧子が欲しくなるのです。そんなある夜、牧子に抱きついたとき「三奈子、クサイよ」と言われたのです。<愛しているんなら、臭いぐらい・・・私はあなたの全てを受け入れているのに>と、牧子の言葉にひどく傷つきました。私は悲しくなって、それ以来、牧子を求めることも、求められても応じなくなってしまったのです。
 少し冷静になって考えてみれば、それは私の匂いではなかったことに気が付きました。たまたまお年寄りのお世話が長引いたとき、出迎えてくれた牧子にいきなり抱きついた私に、ふと漏らした言葉に過ぎないのに、疲れていたとはいえ、少し神経質に受け止めてしまったのです。いま思えば、そうやって言いたいことが言える仲はいい関係だったのです。でも、その言葉が切っ掛けとなって介護士を止めたなど、牧子には決して言えませんでした。
 そんなことがあって、牧子に対する意地もあったのです。これで、あの臭気に充ちた部屋で寝泊まりし、ある日牧子に会ったら、その身体でもう一度牧子に抱きついてやろうか、私の身体から放つ異様な臭気に対して、牧子は何て言うかしら、などと意地悪な考えが浮かんだりして、牧子の言葉に拘っている自分の了見の狭さが嫌になりました。
 でも、それどころではありませんでした。牧子のことは考える余裕もなく、ただ考えることは、舞衣ちゃんとの一瞬一瞬の関わりに全神経を注いでいなければ、そしてもしそれを怠れば、おそらく舞衣ちゃんを廃人にしてしまいかねない修羅場だとでも思わなければ、挫けてしまいそうなほどの状況でした。
 私はあらためて、<ほんとうにやるのね。あなたならできるよね>と自分に問い直し、必ず守れることを一つに絞ってみようとしました。それは、介護の正攻法と同情心を一切考えないことでした。
 その夜から、いきなり汚く臭い部屋で寝ることにしたのです。


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