昔のオトコ-2
日本人離れした彫りの深い顔立ち。
一見優しげに見えて、その奥にギラギラとした野獣のような鋭さを秘めた瞳。
「意識してはいけない」といくら自分に言い聞かせても、やっぱりこの人は素敵だと思う。
一輝と別れてからの私は、仕事一筋でまともな恋愛なんて一度もしていない。
彼の目には自分がどんなふうに映っているのか―――想像するのが怖かった。
「な、なんだか………やりにくいことになったわね」
動揺を精一杯隠して苦笑い。
「―――そう?俺は別に平気だけど」
元カノが直属の部下だなんてやりにくいに決まっているはずなのに、彼らしい包容力のある言葉にちょっとキュンときてしまった自分が情けない。
「……だけど……周りにも色々気を使わせるじゃない」
「―――ああ。まあ、それはあるかもなぁ。昔の俺たちのこと知ってる人間も結構多いしね」
一輝が言うように、私たちの関係は社内ではかなり広く知れわたってしまっている。
当時私は交際していることを別段隠そうともしていなかったし、むしろ知られるのが嬉しいとさえ思っていた。
今から思えば軽率でバカだったと思う。
あの頃の私は、同期の中で一番のエリート候補だった一輝とつきあっていることが、誇らしくて仕方がなかったのだ。
「まあ―――天野はやりにくいと思う部分もあるかもしれないけど……俺はまた一緒に仕事出来るの……結構嬉しいよ」
一輝が少し照れたように鼻の横を掻く。
13年前、六甲山から夜景を見ながら初めて「付き合って欲しい」と言ってくれた時も、一輝はこんな顔をしていた。
いつもは押しが強くて自信に満ち溢れている一輝が、時折ふと見せるこのシャイな表情に私は弱い。
今日まで何重にも重石をして封印していたものが一気にひっくり返されそうになり、私は慌ててかぶりを振った。
「バッ……バカなこと言わないでよ!変な噂立ったら困るのはそっちのほうでしょ」
言ってしまってから自分が変に深読みして空回りしていることに気づく。
一輝は一瞬考えてから、肩をすくめてクスリ……と優しげな笑みを漏らした。
「そうだな………フラレたからって、ちょっと未練がましかったか……ゴメン」
どこまでも穏やかなその口調は、7年前より格段に大人びて魅力が増している。
「……フった……わけじゃ……」
反論しかけて口をつぐむ。
今更終わったことを蒸し返してもどうしようもない。
一輝は早く結婚して子供を持つことを望んでいたし、私はその当時社命をかけた大きなプロジェクトチームの一員に抜擢されたばかりで、仕事をやめて家庭に入ることなどとても考えられる状態ではなかったのだ。
嫌いになって別れた相手ならば、同じ職場になってもこんなに悩まないと思う。
そうではないから、困るのだ。
「まあ、天野とは息が合うのはわかってるから―――いい仕事が出来そうで嬉しいよ」
私のモヤモヤした思いを断ち切るように、一輝がさっぱりとした口調でそう言った。
「そ……そうね。少しでも戦力になれるよう頑張るわ」
―――そう言うしかないじゃない。
これが、私の選んだ道なのだから。
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