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スプーン・ポジション
【女性向け 官能小説】

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昔のオトコ-3



昼食を買おうとロビーから外に出たところで、携帯が鳴った。


足を止めてディスプレイを見ると「北原一輝」の名前が表示されている。


一輝が着任して一週間――――もう二度とかかってくることはないだろうと思っていたこの人の名が、こうしてまた当たり前のようにここに表示される日常が、未だに不思議に思える。


「はい――――もしもし」


『ああ、天野?――――今社食?』


「いえ、外ですが。どうかしたんですか?」


そう答えながら振り返って社屋を見上げる。何かトラブルでもあったのだろうかという懸念で自然に顔が曇った。


『外?お前いつも外でお昼食うの?』


「え?……はい………いえ。お弁当を買いに出ただけですので、すぐ戻ります」


当然のことながら、一輝が着任して上司と部下という関係になってから、私は彼に対して敬語を使うようになった。

そのほうが余計な感情が混じらないから精神的にも楽だということに気がついた。


『へえ。弁当?じゃあ俺もそれ食おうかな。俺のも買ってきて。種類は任せるわ』


「えっ………あの……」


『じゃ、よろしく』


戸惑う私を無視して電話は切れた。
用件はそれだけだったのだろうか?



それにしても……一輝はやっぱり気づいていなかったようだ。


私が社員食堂を使わなくなったのは、一輝と別れてからなのだ。


食堂だけではない。社内を移動する時の廊下や階段のルートも、一輝と顔を合わせる可能性が少しでも低くなるよう、私はいつも意識していた。




今となってはそれも無意味なことだが、長年の間に染み付いた習慣で、弁当だけは未だにいつもの店に買いに出ている。


日替り弁当を二つ買って戻ると、システム推進課のフロアは今日に限ってみんな外に出払っていた。


正面の一番奥のデスクでは、一輝が書類に黙々と目を通しては忙しそうに判子をついている。


「あの……お弁当、買って来ました」


自分のぶんの弁当だけを袋から取り、コンビニで買ったお茶と一緒に一輝のデスクの上に置いた。


「お、サンキュ。さすが、俺の好きなお茶わかってるね」


「い、いや別に。た、たまたま、目についたのを買っただけです」


なにげなく言われた一言に過剰に反応する私を見て、一輝がフッと頬を緩める。


「なんか天野……前より可愛くなったな」


「………はっ?な……っ」


「なんていうか、初々しくて新鮮」


ニヤリと悪戯っぽく笑う表情は、まるで「また俺を好きになれよ」と誘っているようで、直視出来ずに視線をそらしてしまう。


「変な冗談……言わないでよ」


ついつい以前のタメ口に戻るが、一輝はハハハと楽しそうに笑って、少しも嫌そうではなかった。


「一緒に食おう」


一輝は机の上の弁当をつまみあげ、窓際にある来客用のソファーのほうへと私を促した。


「いや……あの……私、自分の席で食べるから……」


モゴモゴ逃げようとする腕をつかまれて、強引にソファーに座らされる。


「いいだろ?弁当ぐらい。俺は天野と食いたい」


自分のペースを絶対に貫く押しの強さは7年前と少しも変わっていない。


私は観念して一輝の向かいのソファーに腰をおろした。





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