about me : ノムラハルト-3
数日後。
「いらっしゃいませ」
ドアが開く音に反応して声をだし、入り口に目を向けるとあのお姉さんと目があった。いつも通りスーツ姿であの時よりは明るい表情をしている。いつものようにビールを持ってレジへとやってきたお姉さんはオレを見つけると微笑んでくれた。
「157番ひとつ」
オレが用意している間、お財布と一緒にバッグから小さな紙袋を取り出す。
「この間はどうもありがとう。少しだけどもしよかったら休憩の時にでも食べて」
その紙袋をオレに差し出すと、お姉さんはそう言って微笑む。
「いやっ、オレ大したことしてないですし。そんないただけません」
さすがにマズイだろうと思って一度は断ったが
「気にしないで。むしろ一口で食べ終わっちゃうくらいの量で申し訳ないんだけど」
と笑う。あんまりレジで押し問答するのもアレだし、
「かえって申し訳ございません。ありがたくいただきます」
と受け取る。その後はいつも通りお会計をして、
「ありがとう」
といつものように微笑んでくれた。休憩時間にはいってすぐ中身を確認する。オレが貸したタオルハンカチと小さな箱が入っていて、箱にはベルギーのブランドのマドレーヌが入っていた。大学の同じ学科の女子が美味しいって言ってたヤツだ。
『タオルどうもありがとう いつもキミの笑顔に癒されています』
一緒に入っていた小さなカードには、ペン字のお手本にでも出てきそうな綺麗な字でそう書かれていた。ちょっと感動。癒されているのはオレのほうなのに。お姉さんに「ありがとう」って言ってもらいたくてバイト頑張ってるだけなのに。でも。思い切って行動してみてよかった。こうしてわざわざお菓子や手書きのカードまで付けてくれたところを見ると、ウザいとは思われなかったらしい。
次にお姉さんに会ったときにお礼を言ってから、世間話くらいはできるようになった。大抵天気の話題くらいでそれ以上は踏み込めないんだけど。それでもお姉さんは帰り際の「ありがとう」のあとに「がんばってね」をつけてくれたり、ランニング中にすれ違うと「おはよう」と少しフランクに笑ってくれるようになった。
あれから数ヶ月。状況は何も変わっちゃいないけれど満たされた日々が過ぎていく。告白もナンパも断る。合コンも行かない。健全な生活。いや、一歩間違うと昼夜逆転するから不健全か?
そういえばこっちに来てからもうすぐ2年。最後にセックスしたのはいつだった?高3の秋に実習生としたのが最後?あの先生のタマゴは無事先生になれたんだろうか?
セックスを覚えてからこんなにも長い間女性を抱かないのは初めてだ。まぁお姉さんに片思いしたままじゃずっとこのままなんだろうけど。でも告ったりできないよな。居酒屋で見たあのオトナのオトコに勝てるとしたら若さくらいだもんな。
でも。お姉さんのことイロイロ知りたい。名前で読んでみたい。あの気丈そうなお姉さんを優しく抱きしめたい。そしてアンナコトやコンナコト…ってオレってば最低。妄想だけでチンコ立ってきた。うわっ、最悪。でも健全な若者だっていう証拠か?滅多に触らないデスクトップを起動させ、ネットで無料のサンプル動画を拾い漁る。選んでいたのは事務服姿のOLネタばっかりだと気づいて唖然とした。ヤバい、オレ、相当ヤバい。慌ててシャットダウンさせて風呂場に直行。熱いシャワーを浴びながら行き場のない白い欲望を自分の手で放出させる。これがあのお姉さんのキレイな白い手だったら…あの唇でこのチンコくわえてくれたら…ココにいれるのよって自分で開いてくれたお姉さんの奥深くに誘導されたら…ってだからその妄想がヤバいって。
なんとか溜まってた膿の一種を出し切って、雑念払って風呂から出る。冷蔵庫開けたら空っぽ。ビールなんて気の利いたものは当然なく、ミネラルウォーターのペットボトルにほんのちょっと、ほんと申し訳程度に残っていたくらいで自分のツメの甘さにとため息が出る。あ、またため息ついちゃった。残ってた少量の水で唇の乾きを潤したら腹がなった。基本自炊ができないから、食材なんてものはこの家にない。しょうがない、コンビニでも行くかな。ウチのそばにもあるけれど、やっぱりバイト先の方が愛着がある。普段は他に運動していない分歩いて通っているがたまにはチャリに乗って行こう。風邪はひきたくないから髪乾かして、ダウンの中もしっかり着込んで。携帯で時間を確認する。お姉さんが店によく来る時間帯。あわよくば会えないかななんて期待をこめてペダルを踏む。吐く息が白い。
あれ?あの人…
公園のそばで男に手首をつかまれたお姉さんを見つけた…