側聞／早苗とその娘・茜は-1
「ただいま、ママ」
「レッスンどうだった？」
「うん・・・まあまあだった。彩乃先生ね、ニコニコしながら茜は楽譜通りに弾くねって」
「それ、ダメって意味じゃない」
「え、そうなの？」
「彩ちゃんにレッスンを受けだして1年以上にもなるのに、いったい何を学んできたのよ」
「そうなの？・・・彩乃先生、茜はこの頃だいぶ大人びてきたねって言った後だったから、褒められたのかと思っちゃった」
「あーあ。彩ちゃんにママ恥ずかしいよ」
「まあまあ、それはともかくとして、ママ、どうして彩乃先生は結婚しないの？」
「何よ急に・・・」
「今日ね、クラスの中で彩乃先生の美について話が盛り上がったの。あんなに綺麗なのに、どうして結婚しないのかってのが主たる議題よ」
「議題、ねえ」
「男先生なんかね、みんな彩乃先生が通る度に振り返って見とれてるのよ。何人かアタックしたみたいだけど、昨日振られてるの見たって言いだした子がいたもんだから、それが切っ掛けだったんだ」
「何故かしらねえ」
「ママ、彩乃先生と親しいんでしょ？」
「ええ、そりゃあもう・・・」
「なのに、何も知らないの？」
「それは・・・よく分かんない・・・」
「実はね、今日はちょっと早めだったので、彩乃先生を威かしてやろうかと思って、そおっと音楽教室に匍匐前進したのね。そしたら、先生が両手に何か持っていて、ペンダントみたいだったけど、それをこうやって頬ずりするようにしててね、窓から遠くの山を見ながら＜お姉ちゃん・・・＞って、小さな声で囁いていたの。お姉ちゃんだけははっきり聞こえた」
「・・・・・」
「ママ・・・泣いてるの？」
「ううん、そうじゃないけど、そうやってねェ」
「そうやってって？」
「彩ちゃんが頬ずりする気持ちが分かるから」
「ふーん・・・茜に、ピアノを続けるんなら、絶対に彩乃先生の個人的レッスンを受けなさいって強制したの、ママだったよね」
「そうだけど、強制だなんて・・・」
「彩乃先生とは行ったり来たりしてるでしょ？ 親友なんでしょ？ なのに今まで先生のこと、あまり詳しく話してくれなかったね」
「そうね・・・茜に話すようなこともなかったし」
「たしかに1年以上彩乃先生にレッスン受けているけど、あんな先生見たの今日が初めて。彩乃先生ね、いつも、胸のここ当たりを軽く握っているよね。クセなのかなあ、くらいに思っていたけど、あの掌に握っているのが胸の間にあったのね・・・。意味深だなあ、お姉ちゃんだって・・・ママのことじゃないよね」
「バカおっしゃい」
「あ、ほんとうにママ泣いてない？」
「そろそろパパが帰って来るわ。お夕食の用意しなくちゃ」