側聞/早苗とその娘・茜は-5
「ママ、ただいま」
「レッスンどうだった?」
「ママったら、必ずレッスンのことだけ聞くのね」
「まあ、挨拶みたいなものね」
「・・・・・・」
「どうかしたの? また飛ばされちゃったの」
「そうじゃないの。茜・・・やっぱり彩乃先生が好きになったみたい・・・ママ、茜・・・苦しい」
「・・・・・・」
「これって、恋なのかなあ。ママくらいの年の先生にこんな気持ちになるなんて自分でも信じられない」
「ショパンのせいよ・・・そう感じるからには、何かあったのね」
「うん・・・今日ね、昨日のママの話で、先生に何か秘密がありそうに思って、って言うか、特別な気持ちが出ちゃってモヤモヤしていたものだから、聞いちゃったの」
「何を聞いたの?」
「この間先生が<お姉ちゃん>っておっしゃるのが聞こえちゃったんですけど、お姉ちゃんて誰ですか、って」
「バカ・・・無神経」
「うん・・・バカだった。でも茜は何も知らないんだもの。普通に聞いたつもりなのよ。そしたら先生・・・胸を掴んで、声を殺して忍び泣きされちゃって・・・レッスンにならなかった」
「可哀想に・・・知らなかったからって、なんて事を聞くのよ・・・彩ちゃんの様子からして、聞いていいことか悪いことかくらいもう分かる年でしょうに」
「うん・・・すぐ反省した。茜、どうしていいか分からないし、素直に聞いたつもりなんだけど、とんでもない先生の傷に触れちゃったのかなあって気になって・・・茜・・・先生の背中に顔を伏せて謝ったわ。そのまま暫く先生の背中撫でていると、細い背中が震えていて、下級生のようにとっても可愛くて、弱々しくて、いい匂いがして、先生が好き・・・って思っちゃった」
「・・・・・・」
「彩乃先生ね・・・茜は謝らなくていいのよ、あたしったら茜にまで甘えちゃったなあ、茜だから甘えられたのかなあって言ったの。それ聞いたら、ああ、ママに甘えたことがあるんだって、いくら茜がバカでも分かるわ。そうでしょ?」
「彩ちゃん、つい本音が出ちゃったのね」
「それって本音だよね。ママが彩乃先生を大切に思っているように、先生もママを甘えられる人だって思っているを知って、とっても嬉しかった」
「それが分かるんだったら、もう少し人の気持ちを思いやる大人になってもらいたいもんだわ」
「分かった・・・気を付ける。でもね、あんな彩乃先生見ると、茜、たまんない・・・愛おしくなって震えちゃった」
「それ・・・女性には必ずあるのよ、そういう時期が・・・」
「でも茜ね、自分でも信じられないけど、こんな綺麗な先生の涙だったら、吸ってみたいなんて思っちゃったのよ。そんなこと、普通思わないでしょ? ママのだって・・・ママだって茜の涙を・・・」
「あらあら・・・それは危険な兆候ね。でも仕方ないか、ママの子だもの。彩ちゃんて、ホント、昔から女の子を惑わすような魅力があったわね。ママだって、彩ちゃんに一度は恋したんだもの」
「えええええ!」
「そんな驚き方しないで。ちょっぴり切なくなった、って意味だから。だから、茜の気持ち、わかる」
「ひかかったわね、ママ。今の話、半分はホントだけど半分はウソよ」
「あ・・・悪い子ね」
「あんな事を聞いちゃったのは茜のおっちょこちょいで悪い所ね。でも、たしかに彩乃先生には何か悲しいことがあったんだな、ってことは分かったわ。胸を掴んでね、このこと・・・胸の中のペンダントのことだと思うんだけど、見なかった事にしてねって言ったの。泣いた先生・・・ホントいつもより綺麗に見えた。今日はレッスン止めようね言って、少しおしゃべりしていたの」
「彩ちゃん・・・茜に何話したの?」
「それは内緒よ。まあ、茜のママが昔から好きだったって話よ」