側聞/早苗とその娘・茜は-12
「そりゃあ帰ってくるわよ。帰らないでおられる? 訳が分からないまま恋人が別の、しかも男性と結婚なんて・・・結婚式に帰ってきた彩ちゃんは、もの凄い形相だったわ。ママたちも結婚式には招かれたけど、お通夜みたいな結婚式だったわ。ううん、表面上は親類縁者の人たちの飲み会みたいなものだから賑やかだったわよ。でも、ママたちは知っているの。奈津子先輩と彩ちゃんの関係はね・・・だから、どうしても目がいくのは、その二人だけ・・・奈津子先輩は、暗い目をして彩ちゃんだけを見つめていたし、彩ちゃんもそうだった。奈津子先輩と彩ちゃんの葬儀みたいに思えるほど悲しい結婚式だったわ。みんな忙しいから、ママたち以外、そんなことは気付いていなかったと思う・・・とは思うけど・・・いったい新田家にどういう事情が有るんだろう・・・旧家だから、跡継ぎの問題とか、親戚との体面とかがあるのは分かる。そんな田舎のしきたりの中で、奈津子先輩と彩ちゃんの関係なんか、どうして認めさせる? 田舎の人たちに、どうして同性愛なんて理解できる? 仕方がないのかなあとは思いながら、でも、こんなに愛し合っている二人の仲を裂くなんて酷すぎる・・・そんなことを考えていたら、ママは・・・東京に帰ったら彩ちゃんが死ぬんじゃないかって心配になってきちゃって・・・ちょっとごめん・・・顔洗ってくる・・・」
「・・・・・・」
「もうママたちは誰も奈津子先輩のお家には行かなくなったの。奈津子先輩のことも心配だったけど、何より、娘が結婚してホッとしているだろうご両親の手前もあるしね。それにしても、あんな美しい奈津子先輩にねえ・・・」
「新郎のこと?」
「そう。言っちゃ悪いけど、あれはないわ。それでママ思ったの。奈津子先輩は、自分の人生を捨てたんじゃないかって。彩ちゃんとそういう関係になったって感じた頃からの奈津子先輩の輝くような美しさに変わった・・・幸せそのものの明るさ。そして、東京の大学を卒業して、帰ってきたときの、ママでも胸騒ぎがするような色っぽさったらなかった・・・ああ・・・度々東京へ行ったり、彩ちゃんと旅行したりしているって、うれしそうに話していた奈津子先輩は、彩ちゃんと燃えるような愛を育てているんだなあ、って思う一方、女性同士って、どうやって愛し合っているのかしらなんて考えて、顔が赤くなったりしてたわ。それだけ幸せな愛を育んでいた二人だもの。彩ちゃんと別れるくらいなら死ぬだろう・・・と思わせるほど繊細な奈津子先輩でも、その繊細な神経が仇となって、ご両親や親戚に気を遣い、自分の置かれている立場、理解されない彩ちゃんとの恋・・・悩んだ挙げ句一旦自分の心を葬ってしまおうと思ったのも無理ないと思ったの。これはママの推測よ。あの結婚式、彩ちゃんは涙を溜めて奈津子先輩を睨んでいたけど、奈津子先輩は、彩ちゃんを瞬きもしないで、涙も見せずに見つめていたわ。そのとき思ったことよ。でも、最愛の人が人生を投げ出してしまったと知ったら、彩ちゃんはどうなるだろう・・・それが心配だった・・・ママは結婚して茜を生んで幸せなんだけど、それに引き替え、あんな人も羨む美貌の二人が酷いことになってしまったことに腹を立てていたわ。結婚するくらいなら、彩ちゃんと駆け落ちでもすればよかったのに・・・って、ひそかに思いながら、そういうことができないのが奈津子先輩なのよね・・・あああ。可哀想に・・・いけない・・・もう一度顔洗ってくる・・・」
「半年・・・結婚から半年よ。あっけなく奈津子先輩が死んじゃった・・・」
「ママ、その間一度も会わなかったの?」
「会わなかったわ。と言うより会えなかった。と言うより、会いたくなかった。いくらママでも、彩ちゃんを思う気持ちが奈津子先輩に向かってぶつけそうになるんだもの。そして・・・病院に入ったって、彩ちゃんのお母さんから連絡もらって、明日はお見舞いに行こう、そして、いい機会だから、絶対言うべき事は言っておこうって・・・それは、一度は結婚してご両親やご親戚への顔も立ったでしょ。もういいんじゃない。先輩、楽におなりなさい。彩ちゃんのためにも、退院したら元気になった顔で、笑って彩ちゃんのところへ行ってあげて・・・そう奈津子先輩に言ってやろうと思った言葉を胸の中で繰り返し繰り返し反芻しながら、茜にオッパイを飲ませ、寝かしつけたときよ・・・彩ちゃんのお母さんから先輩が亡くなったって連絡もらったんだもの。泣くに泣けなかった。ものすごく腹が立ったわ。自分にも奈津子先輩にも・・・奈津子先輩のお母さんと彩ちゃんのお母さんは、お隣同士で仲が良かったので、旦那さんは、とっくに家を出ていたとか、お葬式の様子だとか、いろいろ教えてくれるんだけど、唯一の心配は彩ちゃんよ。彩ちゃんのお母さんは、まさかママが思うほど彩ちゃんの切迫した思いなんて知らないし、のんびりしたものよ。奈津子先輩にお焼香しようと、みんなでお悔やみには行ったけど、ご両親はもう口も聞けなくて、可哀想で見てられなかった・・・」
「何でなの? そんな急に亡くなるなんて・・・」