追憶の日記から-5
私はその日以来、素直にお姉ちゃんちへ足が向きませんでした。
「どうしたの彩乃? 今日はお姉ちゃんちへ行かないの? 珍しいわね」
「ちょっと風邪気味なの・・・」
「ふうん・・・別に熱はなさそうなのにね」
形ばかり私の額に手を当てた母は、
「奈津子ちゃんと喧嘩でもしたの?」と聞いたので、
「風邪だってば・・・」
私は苛立ったようにそう言うと、胸が熱く濡れました。
さすがに1週間にもなると、みんなに変だと思われそうなので、思い切って行くことにしました。
恐ろしいばかりの秋の月を見上げていると、訳もなく涙が溢れてきました。
「まあ・・・1週間もどうしたの? どこか具合が悪かったの?」
おばさまが心配そうに尋ねました。
「ちょっと風邪気味だったの・・・」
「寒波がきているそうだから気をおつけよ」
病人を装ったように、のろのろと上がり框に足をかけたとき、お姉ちゃんが部屋から走り出てきました。上がりかけた足が止まってしまい、そのままの格好でお姉ちゃんを見上げていると、私の顔はふいに歪んでしまいました。
お姉ちゃんは私の手を取ると、
「手が氷みたいよ・・・早くおこたで暖まりな」と、手を取って居間へ誘いました。
炬燵に入ると、お姉ちゃんは黙ったまま布団の中で私の手をしっかりと握り締め、揉むようにして温めてくれました。
瞬きもせず私を見つめているお姉ちゃんの目に涙が膨れあがってきました。
「どうしたんだねえ、珍しい。いつものおしゃべりは? 彩ちゃん、まだ風邪が治っていないのかい?」
「いいえ。もう・・・すっかり大丈夫よ」
「それなら、おこたにばかりいないで、早くお風呂にお入りよ。蕎麦を打ったから、今夜は温かいお蕎麦にしようね」
夕刊を見ていたおじさまも、いつもと違う静かな二人を不思議そうに老眼鏡越し眺めながら、
「おおかた喧嘩でもしたんだろ。まあ、喧嘩するほど仲がいいってことさね」