追憶の日記から-20
諏訪に近い会社に就職していた兄が結婚して自宅で同居するようになると、何をする気力もなくぶらぶらしていた私は、何となく自宅に居場所がなくなったような気がしました。
新田家に行く時間が多くなり、おばさまと話している時、このままお姉ちゃんを恋しがっているだけの生活を続けているわけにもいかず、いっそ東京へ行って就職でもしてしまいたいと、お姉ちゃんのいない寂しさを訴えていると、ご両親が真剣な顔で話し出したのです。
「ウチへ来て頂戴よ。奈津子の部屋で生活してよ。いい機会だから言うけど、いつだったかねェ・・・奈津子がね、いずれ彩乃はこの部屋に住むんだよ、なんて不思議なことを言っていたんだよ。その時は、彩ちゃんを本当の妹のように思っている奈津子を、我が子ながら優しい子だな、くらいに思っていたけど、あの子が居なくなってみると、あの子が言っていたようにしてやりたいと思うのよ。あたしらも、彩ちゃんをもう一人の娘のように思っているんだよ。お願いだから私たちから離れないでよ。ねえ、あんた。そうしてもらおうよ・・・」
「わしも、そう思っていたところだよ・・・彩乃さえ良ければ、居ておくれよ」
「それにね彩ちゃん・・・これ、ロケットっていうのかい? 奈津子はこれをこうやって握りしめて亡くなってたんだよ。あたし・・・ふと思ったんだけど・・・奈津子には、あたしたちにも言えない、誰か好きな人がいたんだろうか・・・」
「彩乃・・・まさか勇作君てことはないよね」
「あんた、彩ちゃんにめったなこと言うんじゃないよ・・・勇作さんはもう結婚しているんだよ」
「そんなこと・・・あるもんですか」
「彩乃が東京にいる間、勇作くんが時々来ていてね、結構奈津子は仲良くしてもらって、一緒に出かけたりもしていたもんだから・・・ついね」
「あたしも、勇作さんだったらと思わないではなかったけど・・・あの子は親に逆らうようなことが何一つなかっただけに・・・可哀想に、誰か好きな人がいたんだったら、ひとこと言ってくれれば良かったのに・・・」
「・・・・・」私は大きな罪の意識に捕らわれながら、私と同じロケットを握り締めたお姉ちゃんの死に際の手が目蓋に浮かんできて、涙が溢れるままに黙って俯いておりました。
「これ・・・あの子の形見にもらってやっておくれ。それに・・・もうひとつ変なんだけどね、私にもし何かあったら、ピアノと鏡台だけは彩乃に上げてって頼まれていたんだよ。あの子は、何だか自分の身体のことが分かっていたのかも知れないねえ・・・」
「うちの子になってくれと言っているんじゃないよ。たとえ暫くでもいいから、奈津子の代わりに親をさせておくれ。そうしてくれないと、こいつが参ってしまいそうでね」
二人に交互に説得されると、ウチの両親がどう思おうが、私はお姉ちゃんの匂いが残る部屋に住みたくなったのです。「絶対にそうする・・・」そう答えると、私は新田家の娘になっても良いとさえ思えてきたのです。