Valentine Day –side:lee--2
「いらねぇ」
聞こえたのはアークの声だ。
当日の夕方、教会の数ある部屋の一室から聞こえてきた。部屋の中に入るのを何となく躊躇して、足を止めてしまった。
「甘いのキライなんだよ。だからメイワクだ」
…………。
足早に部屋から出てきたのは教会のシスターさんだ。顔も知らない人だけど、泣きそうな顔で走っていった。
「ンなトコで何してンだ?」
ぼんやりとシスターさんを見てたら、いつの間にか出てきてたアークが目の前に立ってた。
「…………、別に」
あんなの聞こえて、渡せるわけないじゃないか。
「? リー、これから時間あるか?」
不思議そうに見下ろしながら、そう言われたけど咄嗟に断った。
「もう帰んなきゃ! 宿題あるんだよっ」
それだけ返して、アークの返事も聞かずにダッシュで教会から出た。
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トボトボと歩いて、何となく行き着いたのは街の西側を南北に流れるセイル川の河川敷。
「失敗だぁ」
でっかい独り言を呟いて、河川敷の草っ原に仰向けに寝転んだ。
甘いのキライなんて知らなかった。
よくよく考えてみれば、ケーキとかお菓子とか食べてるの見たことない。一緒に出掛けて、どっかでお茶してても食べてるのはいつもわたしだけだった。
普通に考えれば解るのに。リアナのコト言えないなぁ。全然解ってなかった。
「どーしよ……」
代わりなんか何もない。今から何か準備するのも、慌ただしくって気持ちがこもってない気がするし…。もっとちゃんとアークのこと、見てればよかった……。何だか悔しくて、情けなくって涙が出そうになった。
こんなことで泣いてたまるか!
手の甲でぐっと出かけた涙を拭った。とりあえず、泣いてる場合じゃないんだ。何か他に出来ること探さなきゃ。『今日』はあと数時間で終わっちゃうんだから。
「……。おい」
額に当てていた右手を掴まれて、空を見上げると眉間に皺を寄せたアークがいた。
「!?」
ビックリして何も言えないでいると、掴まれたままの右手に鼻を寄せてきた。
「何してっ!?」
「やっぱりな」
全力でアークの手から逃れると、即座に身体を起こした。
何が『やっぱり』なんだよ!
そう抗議しようとしたら、さっきまでわたしを掴んでた手が目の前に差し出された。
「あるんだろ? 出せよ」
「…………は?」
何を、だよ?
「お前、身体から甘ったるいニオイしてるぞ」
目の前にしゃがんでるアークは呆れたように笑った。
あ。朝方まで作ってて、そのまま学校から教会に行ったから、匂いが染み付いてるんだ。
「甘いの……『キライ』なんだろ。いいよ、自分で食べるから」
キライなものをあげるなんてコト出来ない。
申し訳なさと不甲斐なさでアークの顔が見れないし。
「聞いてたんだな。でも、『キライ』ってのは嘘だよ」
「そんな嘘、いらないっ! 今まで甘いの食べてるとこ見たことない!」
アークを怒ったってダメなんだ。失敗したのはわたし、なんだから……。
視線を落としたまま、そう言うと小さく笑い声が聞こえた。
「なっ 何が可笑しいんだよ! ちゃんと考えなかったわたしが悪いんだけどっ……」
悔しいっ。また泣きそうになる。
零れないように涙を堪えてると、アークの手が頭に降りてきた。