お嬢と爽やかと冷静男-8
「なっ、――何ですかこの夜道で怪しげな男と迎えそうな《へへへっ、もう観念しなお嬢ちゃん》的な展開は!? い、いやです! 放してくださいっ!」
ひとりで勝手にテンションを上げて勝手に嫌がる遠矢。僕はそれをかなり冷めた気持ちで眺めながら、
「阿呆かお前」
「あ、阿呆!? 幸一郎さんのくせに人を阿呆呼ばわりですか? こんな可愛い娘を捕まえておいて無感動な不能のくせにっ」
「……」
再認識。やっぱりこいつ嫌いだ。
「……今ほどお前と縁を切りたいと思った瞬間はないぞ。と言うか羞恥心はどこに捨ててきた。今すぐ拾ってこいっ」
「あら、花も恥じらう乙女に何を言っているんでしょうか。……それに、幸一郎さんだってこんなに大胆じゃないですか」
「……?」
こいつはいったい何を言いだしたのか。全席指定の脳内妄想を最前列中央VIP席で満喫中か。
僕の疑問をよそに、遠矢はつかまれていない方の手を頬に当てた。そして奇妙なしなを作って、いかにもか弱い女の子です、と言った風に眉尻を下げて僕から目を逸らす。
で、何と言うか、これでどこからどう見たって、無理矢理に腕をつかまれて恥ずかしがっているようにしか見えない女子がひとり出来上がり、と。そして客観的に見てその手を無理につかんでいるのは、もちろん他でもない僕。
「――っ!?」
その事実に気付き、つかんでいた遠矢の手を思いっきり振り払った。
「……っ、痛いじゃないですか」
遠矢は振り払われた手をかばうようにしながら、悲みで表情を満たしてこちらを見る。世間一般の感覚で言えば、それはおそらく同情を引くには十分すぎるのだろうが、実際は間違いなくフェイクだ。だまされてはいけない。
人は言う、何事も見かけで判断してはいけないと。特にこいつは。
「……そう毎回遊ばれてばかりだと思うなよっ」
手首をさすっていた遠矢は、そのひと言に動きを止めて小さく舌打ち。表情もつまらなそうな、不愉快そうなものになり、
「いらない知恵が付いてきたみたいですね。小賢しいです」
ほらやっぱりな。
まあ、そこはかとなく馬鹿にされた気もするが、それはいつものことだから、別に今さらそんなことについて文句を言うつもりはない。面倒だし。
だから、まずは落ち着け僕。やつのペースに乗せられないように、自分をしっかりと把握するように努めるんだ。くやしいが、遠矢が中々に手ごわい相手なのは認めよう。今までは認識が甘かった。これから最善最良は無理だとしても、次善佳良は逃さないようにしなくては。
よし。
「いい加減に疲れたから、さっさと話を進めてくれないか……」
「あらすじなどの前振りは飛ばす派の方ですか? せっかくわたくしなりに丁寧に事の経緯をまとめましたのに」
……っ、もはや何も言うまい。
「何を遠い目をしてらっしゃるんですか? ――ともかくご所望の説明に入りますね。かいつまんで述べますと実は……」
そこで人差し指だけ立てて、内緒の話をするように小声になり、
「ストーカーしてくるんですよ、彼」
「……へー」
だからどうした、それが正直な感想だった。
しかし遠矢には予想外の反応だったらしい。僕にまともなリアクションを求められても駄目なのだが。
驚きに息を詰めたがすぐに一転、眉を立てて、
「なっ、心持ち重大発言でしたのにそんな気の抜けたひと言で……! 真面目にやってくださいっ」
「いや、これで十二分に真面目なつもりなんだが」
ため息まじりに言ってやると遠矢にしてはめずらしく怒り顔で、
「ど・こ・が・ですか!? そんな風に言い切るんでしたら、どこをどう見れば真面目なのか微に入り細をうがつように細大盛らさず起から結まで十把一絡げ(じっぱひとからげ)余すとこなく三文字以内で説明してみてくださいよ!」
「――全部」
勝った。
対する遠矢はぐっ、と言葉を詰まらせて、まるで親の仇を見るような目で僕をにらんできた。どうやら今日はいつもより頭の回転が悪いらしい。僕からすればかなり嬉しいことだ。
「くぅっ……遊べない幸一郎さんなんて、遊べない幸一郎さんなんて大っ嫌いです! 役立たず!」
「真面目にやれと言いながら人で遊ぼうとするのはいかがなものだろうか。怒っていいのかここは」
「ダメですっ。もう怒らないでください喋らないでください聞かないでください見ないでください協力してくださいっ!」
おお、なんとあの遠矢が錯乱している。かなりめずらしい。僕の短い人生のなかでもかなり上位に食い込む珍事だ。となると明日は雨か。チャリでこれる程度だといいのだが。
「……っと違う違う」
頭を左右に振って冷却は終了。
「おい、おかしくなるのは勝手だが、結局は僕は何をすればいいんだ?」
下唇を噛んでいた遠矢だが、はっと我に返ったように咳払いひとつ。