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悪魔とオタクと冷静男
【コメディ その他小説】

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お嬢と爽やかと冷静男-7

 ところで、あれだけ走っておいて平然としているこいつは化け物か。
 ともかく、話すゆとりができたからさっきの爽やかくんについて聞いてみようと思ったら、
「何ですか、いきなり?」
「……さっきのやつだ」
 隣を歩く遠矢はなぜか悩むように眉尻を下げ人差し指をあごに当てて、
「うーん、さっきと言われましても個々人で時間の長短のとらえ方は違いますからね。ある町なんて《この間の戦争》が千年前なんですよ? 場にそぐわない間違った答えを返してしまったら、わたくし恥ずかしさのあまりに幸一郎さんを羞恥の海に沈めてしまいそうです。ですから答えられませんね」
「半分ほど理解したくないが、……いちいち挙げ足を取るな」
「足なんて取ってませんと言いたいところですけど、そうしたら怒るでしょうからやめておきます。――これで貸しひとつですね。ふふ、高利ですよ?」
「……悪徳商法かよ。最悪だなお前」
「あら、いいじゃないですか、楽しくて。幸一郎さんをからかっていると、毎日が誕生日の三週間前みたいですよ?」
 楽しくねーよ。と言うか微妙だなそれ。
 半目でにらみつけてもどこ吹く風。日が長くなってきたとはいえこのまま無意味に相手をし続けたら、比喩ではなく日が暮れてしまうくらいの時間が掛かる気がする。さすがにそれは避けたい。
 仕方ないので強引に話を進めることにした。こういうのは本来、僕のスタイルではないのだけれど。
「……三つ答えろ。あいつは誰で、事態はどうなっていて、――僕に拒否権はあるか」
「はい、すでに答えが出ている最後の質問は置いておいて、まず始めの二つについてですね。……あら、半目がお上手ですね幸一郎さん」
「もういい……」
 知っていたさ。常識が通用しない未知の世界からの攻撃をかわす手段がないってことぐらい、経験で。ただひとつ言えるのは、知っているからといって完全にあきらめられるかと聞かれたら、刹那も迷わずノーと答えただろうということぐらいだ。
 うなだれる僕を尻目に、遠矢はあくまで気楽そうにパン、と軽く両手を打ち合わせて、
「さあ、それでは小難しい話はこれぐらいにしておいて、簡単に現状説明と行きましょうか?」
「……」
 もはや答える気力もツッコミを入れる元気もなかった。
「では、さっきのアレのことからです。要点だけまとめて言いますけれど――、あれは変態なんです」
 妙に真剣な顔でのたまった。そして次の言葉を待って数秒。だけど沈黙。
「……おい、まさかそれだけか?」
「はい。もちろんこれだけです」
 力強くきっぱりと言い切った。
「だったら僕にできることはなさそうだな。悪いがもう行くぞ」
「ああっ、待ってくださいよっ。気が短すぎます!」
 抗議の声も無視して踵を返し、部室のある特別教室棟へ歩を進めようとした。
 瞬間。
 首筋に半端ではない衝撃が走り、一瞬の半分にも満たないほどの短い時間だが、頭の中が真っ白になる。そして頭が再起動すると衝撃は一拍遅れて痛みという信号に変わり、あ、と思う間もなく体からガクンと力が抜けて片膝を床に着いてしまった。
「どうしましょう、幸一郎さんの気が短いから、思わず手刀を入れてしまいました。わたくしってばせっかちさん。てへっ」
 思ったように動かない体に無理を言って声のする方を見れば、遠矢が照れたように笑いながら軽く舌を出し、にぎった右手で自分にげんこつをしているようなポーズを取っていた。だがあの強烈な手刀のあとにやられても、ぶりっこにすら見えない。
「ああ、大変です、どうしてこんなひどいことにー」
 完全棒読み。
 ……殺意発生。目標、目の前の馬鹿女。
「……て……てへ、じゃねぇ、よ……っ!」
 なんとかそう言うと態度を一転、胸の前で両手を組んで笑顔になり、
「よかった、無事だったんですね幸一郎さん! わたくし幸一郎さんの体が早く良くならないかと、一日千秋の思いで眠れなかったんですよ?」
「……」
 もはや死ねる。ちょっとだけ本気でそう思った。
「さあ、元気になったからには話を続けて続けて続け尽くしましょうか」
「お前の眼は節穴ですらないのか……」
 立ち上がったが、まだ足元がふらつく。
「くっ……何で普通にできないんだお前は……」
「個性です。ともあれ先程の変態ですが、学年はわたくしたちと同じで一年、名前は、えっと……伊原?」
「……僕に聞くな」
「まあ、名前なんてどうでもいいですね。そして紆余曲折があって――って、なぜ携帯電話をチェックしているんですか!」
「時間の有効活用だ。と言うか協力してもらう態度かそれは」
「そんなの当たり前じゃないですか。幸一郎さんこそ真面目にやってますか?」
 言うに事欠いてそれか。この女、いろんな意味で最高だ。
「……帰る」
 再び方向転換して歩きだす、と見せ掛けて踵を中心にしてもう半回転。予想どおりにこちらに振り下ろされている遠矢の手を確認すると、すぐさましっかりと手首をホールドした。
 今度もうまく行くと思っていたのだろうか、手刀の姿勢のまま、遠矢の双眸が驚愕に見開かれる。
 甘いな、僕もしっかりと学習するのだ。同じ徹は二度は踏まない。


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