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悪魔とオタクと冷静男
【コメディ その他小説】

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お嬢と爽やかと冷静男-6

「……なあ、代役なら別に僕じゃなくてもいいんじゃないのか? それこそ後ろのこいつらでも」
 なんとも言えない、むしろ自分が女だったら絶対に拒否するようなメンバーだが、それはこいつらのおかしい部分を知っているからであって、そこの辺りをよく知らない遠矢なら万が一の可能性があるかも、と思い聞いてみた。
「!!」
 驚愕に息を呑む音が四人分。間髪入れずに、何やら肉を殴打するような音が連続して聞こえてきた気もするけれど、振り向かない。ぶっ殺す、だの、勝つのはオレだ、とか、むしろ殴って! なんて妄執(もうしゅう)と見栄と享楽の交じった微笑ましい会話も、きっと気のせいだ。
「……」
「あ、あの、後ろの方々は放っておいてもいいのでしょうか? ずいぶんシュートな――あ、飛びました」
 ……何がだ?
「はぁ、本当にすごいですね……」
「無視しろ。で、あいつらじゃダメなのか?」
「あ、ええダメです。何となく気持ち悪いですし」
 なるほど。やっぱり分かるのか。本人たちは殴り合いが忙しいらしく聞こえていないようだが。
「そんなことより早く行きましょう? ぐずぐずしていたら見つかってしまいますよっ」
「……見つかる? さっきから何のことだ」
「ですから、――!」
 と、何か言いかけた遠矢は突然、はっ、と表情を変えた。
 いったい何事か。その視線は僕を通過してその背後にある何かに向けられているらしい。だから僕も、何があるのかとつられて後ろを向こうと――、
「行きましょう、幸一郎さん!」
「うぉっ!?」
 遠矢に思いっきり制服の襟を引っ張られた。そして息が詰まっている僕にはお構いなしに、そのまま引きずるように走りだす。
 速い。
 急いでいるから駆け足といった程度でなく、かなり真剣に、己の最速に挑むかのように走っている。
 それはともかくとして、自分より背の低い相手に襟をつかまれたままでは自然と前傾姿勢になり、かなり走りづらい。
「おい、ちょっ、待てっ、手を――」
「幸一郎さん、ちゃんと走ってください!」
 聞いちゃいない。
 こうなったら実力行使だと、遠矢の手を振り払うために、

「見つけたっ! そんなところにいたんですね桜子さん!」

 後ろから聞こえてきた声に、遠矢の肩がぴくっ、と反応した。しかし振り向きもせず、それどころか誰かに呼ばれているというのに無言で加速。おかげでまた体勢が崩れて、振り払おうとしていた僕の腕は見事に宙をさまよった。
 邪魔したのはどこの誰だこの野郎、と走りながら振り向くと、やけに爽やかスマイルを浮かべた優等生っぽい見た目の男子がこちらに駆けてきていた。
 前に向き直り、
「……誰だあれ」
「変態ですっ!」
「……簡潔に答えてくれて有難う」
 かすかに残っていた気力は瓦解した。
 もうどうにでもなってしまえ。こうなったら流れに任せて無抵抗を決め込むことにした。
「――っ!? さささ桜子さん! その引きずっている変なものはいったい何ですかっ!?」
 ……前言撤回。無抵抗は都合により中止だ。

「……おい、僕はあの馬鹿を仕留めたいんだが」
 襟をつかんだまま前を走る遠矢にうったえるとちらりとだけ振り返り、だけど僕ではなく後ろを見て、
「つ、ついてこないでくださいっ!」
 そう声を飛ばした瞬間、後ろで何かが崩れたような音がした。
 何が、と疑問を口にする前に遠矢が先回りするように、
「気絶でもしたのでしょうね。放っといても大丈夫ですから今のうちに行きましょう」
「……」
 いいのか。
 また頭と胃が痛くなってきた。
 走りながら、僕は世界の心理の一端を垣間見た気がした。
 神さまはサディスト。

   ◇

「……で?」
 しばらく半ば引きずられるように校内の人気のない場所を走り回った後、遠矢は誰もついてこないことを確認すると、ようやく走るペースを落としてくれた。それでもやや早歩きではある。ちなみに襟は途中で離してもらえたが、それは裏を返せばそれまではあの不自然な、明らかに走るのに向いていない姿勢だったということだ。だからさすがに少し疲れたため本当は立ち止まりたいところだったが、そんなことを言えるような雰囲気ではなかった。


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