お嬢と爽やかと冷静男-2
「って言ってるそばからそうやって実力行使でオレを退かそうとするのがオレはえらく不思議だよおい、頭をおさえないでくれ」
男子を横に押しのけて無理に道を作ろうとしたが、腕を振り払われて阻止されてしまった。
たかが勧誘のくせにやるな。
僕はたった今から敵と認定した目の前の変人をにらみ付け、「……邪魔するなこの粘着質」
「おい、おいおいそりゃあ無いぜ素直に話だけでも聞いとけよ損はさせねぇってかむしろプラスばっかだ栗花落くん」
「悪いが知らない男に絡まれた時点でかなりの損だ。それにこうやって言い返すのも時間の無駄――どうしてくれるっ!」
「うおっ突発逆ギレはやめてくれうまく反応できねぇよ、ってかクラスメイトだっつってんのに知らない男はないだろ傷つくぜ、百倍返しひとつ入ります」
ふははー、と笑い付きでそう言う姿がまったく傷心に見えないのはどう解釈するべきなのか。思わず眉をよせてしまう。
とりあえず最近追加された僕の体質として、話し慣れない変人・奇人と長時間の関わりを持つと、頭痛がし始めて胃がキリキリと痛むという厄介極まりないものがある。なので、できればこのような不用意かつ不愉快な接触は全力で御免こうむりたい訳なのだが。
ちなみにこれは余談かつ補足だが、あの異常とも言える文学部の面々には、悲しいことにだいぶ慣れてしまったようだ。返せ僕の日常。
……しかし。
どうにもこいつに関わるのは避けられないようだ。だとしたら最小の損害で最大の利益を出すにはさっさと相手をしてやり用件を片付けるべきか。
「……何の用だ。こっちは心を亡くすと書いて忙しいんだ」
もちろん嘘。こう言えば少しは早めに切り上げてくれるかもしれない。
すると男子は右の親指をグッと立てて、
「ふはは漢字の面白知識は置いといてまずは――、手始めに百倍返しの返済方法でもどうよ今なら分割より一括がお得ですよオニイサン」
「殴るぞ?」
「冗談冗談なので、はいここで爽やかにこやかスマーイル、な?」
男子は自分の言葉どおりにうさんくさい作り物めいた笑顔を浮かべ、さらに自身を指差すように両の人差し指を左右の頬に当てた。
「……うわっ」
背筋に悪寒が走り、本能的に一歩後ろに下がってしまった。
何と言うか、こういうのはたぶん小さい子どもかキャラを作っている女の専売特許なのであって、高校生にもなった男子がやるには少なからず障害が発生する訳で。つまりは、
「……気持ち悪っ」
それもかなり。すごく。とても。にこやかなのも今はマイナスポイントだ。
「んん、何か言ったかな言ってないよな、だったらばよし。では念願請願の嬉し恥ずかし本題への突入タイムと行きたいけどその前に待ち人がいるんでしばし待たれよ」
「……どうも話が見えないんだが」
「オレも見えない。てか本当に話が見えたらそいつの視力は人間の限界ラクラク越えてグルリと一周してハイそこはどこ? ってのは軽いジョークだからそのにぎったこぶしを下ろさないかと保身と和平を同時に叶えられる素晴らしい提案をしてみるが返答は如何(いか)にー」
「……」
あ、頭痛が。
やってられない。僕はうつむいた。
今、類は友を呼ぶなどと最初に言い出したやつにもの申したい。
嘘吐き、と。
見ろこの現状、僕の周りの異常な変人密度を。同類を呼ぶなら、なぜこんなのしか集まらないんだ。
「――っと来たぜ栗花落くん来たよ栗花落くん、さあ話をぜひ聞いて感動して爆笑して恐怖しないでまた感動してくれたまえ」
「――」
そんなことをしても痛みが無くなる訳でもないけれど、なんとなくこめかみを押さえながら顔を上げた。
その先には男子生徒が三人。何だかそろいもそろって特徴のない凡庸な背格好と顔立ちだ。
「ども中田です。で、こいつが」
「木鈴です。でもって、こいつが」
「田山です。以後お見知りおきを」
完璧な流れで三人が次々と挨拶をした。
「オレら新聞部なんだわ覚えといてくれ、それと統率の素晴らしさを心行くまで褒めて讃(たた)えてかまわねーよ? オレを」
変人が親指を立てながら何か言ったが無視した。
代わりに三人の顔をながめながら、
「……で、その新聞部が何の用だ」
「ああ、」
「それは」
「ですね」
……何だこの三人。かなりおかしいぞ。それこそ目の前の変人と同じくらい。
う、さらなる頭痛の予感が。
「おおっとそいつは一も二もなく四の五の言わずに三人ではなくこのオレが質問するぜ、なんせ新聞部の調査班長は何を隠そうこのオレさ、部長は幽霊部員だからなオレに注目注目」
「いろいろと突っ込みどころがあるが、……調査?」
「そう調査、準備を始めたのは早朝さなんてな、でもって以降は質問禁止ですな聞かれたことだけ答えてくらはい」
「ずいぶんと横暴だな」
「おシャラプ! ではでは質問に行くぜぃ」
……お黙り、か?
ともあれ言っていることが本当ならアンケートのたぐいだろうか。だったら適当に答えてさっさと解放してもらおうか。