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悪魔とオタクと冷静男
【コメディ その他小説】

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お嬢と爽やかと冷静男-1

 それは、放課後に始まった。
「ちょっといいかな栗花落(つゆき)くん」
 不意というタイミングで後ろから聞こえた声、しかも聞き慣れた固有名詞、と言うか自分の姓に思わず辺りを見回した。
 まず左を向き次に右を見る。
 左にはちらほらと席を立ち始めた生徒達、右方には教室の後方の壁で、ついでに前には戸と廊下。
 そしてここが教室であり今は放課後で僕は部室に向かおうとしていると再確認して、
「よし」
 うなずきひとつ。
 何もかもが正常だ。
 さっきのはきっと気の迷いか何かだろう。もしくは聞き違い、あるいは空耳、それか白昼夢、でなければ宇宙意志。
 どれであろうと、まったく問題はない。
 だが、
「おーい栗花落くん」
 その中に紛れ込んだひとつの異物。
 いつも通りに授業が終わり、いつも通りにカバンをつかみ、いつも通りに部室に向かおうとしている僕を、いつもと違い呼び止める誰かの存在。
 めずらしい出来事に一瞬思考が止まった。反射的に思いついた応対としては、無視、逃げる、喧嘩(けんか)上等。さすがに喧嘩はないとして、無視か逃げるか。しかしどちらもたいして変わらない気がする。むしろ複合技ということで無視しつつ逃げるか。
 ……いや、待て。
 冷静に考えてみるとその案には大きな落し穴があることに気が付いた。
 逃げるには相手や物事があり、それから精神的にしろ物理的にしろ遠ざかることを言う。しかし無視をしたら逃げるべき相手は意識から排除することになり、遠ざかるべき相手がいなくなる。つまりただの独走、逃走ではない。
 ……おお矛盾している。
「っておいおい無視はしないでほしいであります大尉どの」
 思考の泥沼にはまりかけていると、背後の誰かがまるで心を読んだかのようなタイミングで言った。
 なるほど。
 後ろの人物、声からして男だと思われる彼は、僕に無視をするなと言う。
 ならば。
 顔も見えない相手に命令される筋合いはないが、消去方で行けば残る選択肢はただひとつ。逃走。
 ……しかしどこかがおしいような。
 と、こちらの脇をすり抜けて、目の前にひとりの男子生徒が立った。
「ふむふむクラスメイトくんがせっかくフランクに話し掛けているというのにがっつり無視を決め込むそんな君の素晴らしき現代っ子的な無関心さに胸を強く打たれて寒い時代を実感している昨今だがどうよ?」
 ひと息で言った。
 変人だ、こいつは間違いなく変人だと思いながら、僕はその男子生徒に目をやった。
 中肉中背、特筆するほど不細工でも美形でもなく、童顔でも老け顔でもない歳相応の顔をした、どこにでもいるような男。ただ前髪だけをやや赤く染めているのが特徴といえば特徴か。
「…………」
「ヘイヘイ無視しないでくれってばオレって男は見た目どおりに繊細かつ大胆が好感なナイス少年なんよでも惚れんじゃねぇぞ?」
 意味が分からない。そしてそれ以前に、
「……誰だよお前」
「うわぉマジかよこいつは驚き桃の木気になる木だねとオレは素直かつ懐古的に自分の驚き加減を表しながらついでに結構ショック受けたねこれはやられたさすがだな」
「……」
 分かった、こいつはたぶん。
 ……痛い人だ。
 ここは無視するのが一番だろう。無視はダメだとかほざいていた気もするが、従う理由も見当たらないからには無視してもいいにきまっている。
 幸い無視というものには慣れていていくらかの耐性がある。するのにも、されるのにも。
 そうと決まればということで、なるべくそちらへ目をやらないようにしながら名前を分からない男子の横を通り、廊下に出ようとしたが、
「ちょーい待てって、いくら何でも困っているクラスメイトの話も聞かないで素通りが許されるなんてお釈迦(しゃか)くんでも思わん時代ですぜ殺伐(さつばつ)殺伐」
 男子に道をふさがれた。半歩だけ横にずれてその体で廊下へ出るルートをふさぐ。
 通さない。
 全体的にゆりみがちな生ぬるい表情がそう語っている。
「退いてくれ。――宗教や新聞なら間に合ってる」
「いやはや、そもコレは勧誘じゃねえけど他人は一切合切(いっさいがっさい)無視して自分の言い分だけ通そうったってそうはいかんぜ栗花落、栗花落幸一郎くんよ?」
「……」
 なんと変人に正論を説かれてしまった。
 ならばとるべき道はただひとつ。


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