about me : キサラギフユコ-1
「如月(キサラギ)くん、あとお願いしてもいいかな?」
同じく中途入社の同期、麻生(アソウ)さんが申し訳なさそうに声をかけてきて、腕時計に目を落とすと定時を回っていた。
「はい、大丈夫ですよ。ゆずちゃん待ってるだろうから早くお迎え行ってあげてください」
何度か会ったことのある、パパ大好きオーラ全開な麻生さんの娘さん、ゆずちゃんの笑顔を思い出すとこちらまでほっこりした気持ちになる。
「本当に申し訳ない、じゃぁお先に」
「はい、お疲れ様です」
麻生さんの後ろ姿を見送ると、無意識にため息が出る。ああいう人を夫に選んでいたら、こんなに肩肘はらずに毎日を送れていただろうか。きっと麻生家には麻生家の事情があって、隣の芝生は青い、なんだろうけれども。
「如月チーフ?」
気がつくとデスクの前に後輩の渡辺(ワタナベ)が立っていた。
「あ、ごめん。どうした?」
「先日の見積の件ですが…」
渡辺と仕事の話を始めた頃、化粧直し、というよりメイク落としからやり直してますよね?って勢いの平田歩実(ヒラタアユミ)がお手洗いから戻ってくる。まだ若いんだしキレイな肌してるのだからもったいないよなぁ。そんなに盛らなくてももともとカワイイ顔立ちなのに。
「チーフぅ、今夜の合コン一緒に行きましょうよー。今日の相手は30代祭りらしいですよ?」
「はいはいはいはい、いってらっしゃい。私はまだ仕事残ってるから」
「えー、じゃぁ、お先に失礼しますぅ」
平田は私の言葉に一瞬頬を膨らませたものの、すぐに笑顔に戻ると退社していった。
「はーい、お疲れさん」
平田を見送ると、麻生さんを見送った時とは違うため息が思わずこぼれて、そんな様子に渡辺が苦笑する。
「ごめん」
「いや、大丈夫ですよ」
そう笑うと再び仕事の打ち合わせ。1時間ほど残業すると、とりあえず翌日の目処がついて帰りますか、という話になる。
「チーフ、このあと何か予定ありますか?」
一人暮らしの渡辺とは残業をしょっちゅう一緒にすることもあり、よく一緒に夕飯を食べて帰る。
「あ、ごめん。今日私友達と約束してるんだ」
「じゃぁ、また明日」
「うん、お疲れ様」
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友達、という表現はあっているようで、あっていない。待ち合わせた喫茶店の喫煙席で、東条哲(トウジョウサトシ)の姿を探す。
「遅い」
不機嫌そうに煙草の煙を吐き出す。
「ごめんなさい」
「ウソ。オレも今来たから」
「哲さんが残業なんて珍しいですね」
「残業っていうか、サービス残業だよな。今時珍しい熱心な生徒にとっ捕まった」
もうアラフォーだというのにそうは見えないこの男は女子高で教員をしている。
「担当教科じゃなくて保健体育的な?」
「まさか。商品に手を出したりしませんよ」
うーん、手を出された商品がここにいますけれど?まぁ、当時彼は大学生で、私の家庭教師だったのだけれども。おまけに誘ったのは私のほうだ。
「フユ、腹減ってる?」
「はい、昼食べ損ねましたから」
先方との打ち合わせが長引いて、そのあとの予定も詰まっていたから昼食のことなんて今哲さんに言われるまですっかり忘れていた。
「そんなんじゃ、身体壊すぞ。ちゃんと決まった時間に食うもん食えって…言っても難しいんだろうけどな。何食いたい?」
「回転寿司でも行ってちゃちゃっと食べますか?」
「オヤジか、お前は」
呆れつつもいつも私の希望を尊重してくれる男。すぐそばにある回転寿司に入り、ジョッキ片手にいくつか寿司をつまみながら近況報告。2ヶ月ぶりくらいだろうが報告するような近況もこのところ何もない。どうしてもお互い仕事の愚痴になりがちだ。
「今日はどうする?」
分かっているのに、いつも訊ねるのはずるいと思う。
「哲さんはどうしたいですか?」
行き着く先はいつもの場所なのに、いつも聞き返す私もきっとずるい。大人になるってずるくなることだと思う。
「もちろんデザートにフユをたっぷりと戴きます」
耳元でそう囁く声は昔からセクシーだ。食事のお会計は私。ホテル代は哲さんが再会してからの私たちのルール。二人とも一人暮らしの身なのに、お互いの部屋に出入りはしない。私たちはお互いの傷を舐め合って生きている。
「フユ、何考えてる?仕事のこと?」
ホテルに入り、先にシャワーを浴びさせてもらう。別にそこにこだわりはないが、哲さん曰く、レディーファーストなんだそうだ。バスタオル一枚でベッドに座り、哲さんがシャワーを終えるまで缶ビールを煽っていた私にそう声をかけると缶ビールを奪い取る。
「あ、ひどい」
「ビールとオレとどっちがいいの?」
取り上げた缶ビールを飲むとサイドテーブルに置く。あっという間にバスタオルを剥ぎ取られ、哲さんの唇が私の首筋を這う。何も言わず、私の指は哲さんの性器を指す。
「このスケベ」
そう言いながらキスをして、私の手をソコへ導く。優しく握って上下させると哲さんの唇から吐息が漏れる。この吐息を聞くのが好きだ。もっと聞きたくて、私は膝まづいて舌をソレに這わす。そういえば元夫に対してこの行為はあまりしなかったなぁ、なんて今更どうでもいいことを思い出す。硬さを増したソレを口に含み、頭を動かす。スピードを無意識で調節し、口に含んだまま、時に舌を絡ませる。高校合格のご褒美に私の処女を奪ってくれた哲さんに3年かけて教わった成果。家庭教師だった彼からは高校時代、勉強とセックスを教わった。