日常と冷静男と奇妙な仲間-4
「…………っは!?」
急に我に返った。なぜだか記憶が飛んでいるが。
足元を見れば、ボロ雑巾のようになった拓巳が転がっていた。しかも何かに怯えるようにガタガタと震えている。
「……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「?」
何だかよく分からないが、女子までもやけに怯えた目で僕を見ている。理由は不明。
だけど、どうせ大したことではなさそうなので無視することに決めた。
「……帰るか」
何かを忘れている気もするが、思い出せない。
「ま、いいさ」
思い出せないのは大したことじゃないからだろう。簡単だ。
妙に清々しい気分のまま、僕は家路についた。
ケース?/??
帰り道、コンビニによった。
この後つばさの家によるつもりなのだが、走って喉が渇いていたので飲み物を買いにきただけだ。別につばさへの見舞い品としてアイスを買ったりしたわけではない。
だから袋の中にあるアイスは、たまたま見てみたら買いたくなったから買っただけであって深い意味などないのだ。
……僕は誰に言い訳してるんだ?
ともあれ、今は涼しいとはいえ春だ。せっかくのアイスが溶けてしまったらもったいないので、少し急ぐことにした。
自転車のチェーンを外して前のカゴに鞄とコンビニの袋を突っ込み、いざ出発。
そう思った瞬間、嫌な顔が視界に入った。
……確か、佐藤か加藤とかいったか。
こいつは名前はうろ覚えだが、顔は覚えている。つばさに告白しようとした挙げ句、その思いの丈を僕にぶつけてしまったアホだからだ。
最悪だ。関わりあいになりたくない。
バカはまだこちらに気付いていないようなので、僕はペダルを踏む足に力を入れる。そしていつでも走りだせる状態で構えると、
バカと目が合った!
さらに表情を見るかぎり、ばっちり僕が誰だか分かっているらしい。
……さすがに記憶に残るか。たぶんあいつの生涯で初めて告白した男だし。
「き、貴様はっ!」
ヒトチガイですよオニィサン、なんて言えるわけもなく。どうせ言っても聞くわけないだろうけど。
「いいかっ! 俺は貴様なんかに――」
ウザイ。
話し途中でいきなりスタート、そのまま全力疾走。佐藤か加藤の脇をすり抜ける。
後ろで佐藤か加藤が何か叫んでいたが、気にしない。気にしちゃいけない。
佐藤か加藤の声が聞こえなくなるまで走ってから、そう言えばあのバカは僕とつばさの現状を知らないんだよな、と思った。
だからあんなに張り切ってたのか。これも知らぬが仏と言うのだろうか。
とりあえず佐藤か加藤に合掌。
ケース5/つばさ
つばさの家に着いたとたん、空からポツリポツリと雨粒が落ち始めた。
とりあえずチャイムを押す。だが誰もいないのか反応はない。
ここで返答がないのをいいことにピンポン連打に移る――のはつばさ的思考であって、僕は常識的な時間を空けてからもう一度押してみる。
すると、今度は玄関のドアが開いた。
つばさが出たのかと思ったが、扉が開いた先の玄関にいるのは、つばさの妹、みさきだった。
「何のご用ですか」
僕は前からこいつが苦手だ。つばさの妹とは思えないぐらい淡泊な性格で、何となく話しづらいのだ。
「……つばさの見舞いに」
「そうですか。姉なら二階です」
それだけ告げると、きびすを返してリビングに戻ろうとする。昔からあまり僕に関わろうとせず、むしろ故意に避けているようなこの態度も苦手な理由のひとつだ。
「あ、ちょっと」
「……何ですか」
ことさら淡泊に返された気もするが。
「アイス。冷凍庫にでも入れといてくれ」
「……」
みさきは差し出した袋を無言で見つめていたが、やがて僕の手に触れないようにそれを取ると、今度こそ足早にリビングへと戻っていった。
どうでもいいことだが、顔を赤らめるほどに触るのを嫌がられると、さすがに僕でも少し傷つく。それがいつものことでも、一向に慣れそうもない。
だけどまあ、人の家の玄関先でいつまでも立ち尽くしているのもどうかと思うので、思考は中断。上がらせてもらうことにした。
「おじゃまします」
勝手知ったる家のなか、目指すは二階のつばさの部屋。
階段を上ってすぐ、見慣れたドアの前に立つ。なんとなく気恥ずかしさを感じながらも軽くノック。