日常と冷静男と奇妙な仲間-2
ケース2/長谷部
何だかんだで部室に着いた僕らを迎えたのは、机とイスとその他ガラクタだけで、遠矢も長谷部もまだきていないようだった。もっとも、僕らが来るのが早すぎただけなのだろうけど。
いつもはつばさが隣にいるのだが、今日はいない。そのことに何とも言えない気分になりながらも定位置に座り、鞄から暇つぶし用の文庫を取り出した。
「ん、それ、何読んでんだ?」
「文字です」
しおりを持っていなかったため、記憶を頼りに続きのページを探しながら答える。
「……いや、そうじゃなくてな。なんて題名の本なのかと聞いてるわけだ、俺は」
「知ってます」
ほどなく最後に読んだページを発見し、続きの行に視線を走らせながら答えた。
「……俺のこと、嫌いか?」
「別に。強いて言うなら、興味無いです」
「……あっそ」
どうやら無事に理解してもらえたらしい。相互理解。実にいい寓話だ。
これでようやく静かに読書が、と思ったけれど、ここに入部してからの経験と照らし合わせるとまだ安心はできない。
「おや、ふたりとも早いじゃないか。うんうん、実にいい心がけだね」
……ほら、なんか来たよ。
扉の方を見れば、いいタイミングで現れたバカ、もとい我らが文学部の部長である長谷部の姿。
フレームレスの眼鏡の奥にのぞく切れ長の目や、肩ほどで切りそろえられた黒髪のおかげか、黙っていれば文学部長という肩書きに見合った理知的な人間に見えなくもない。
「うむうむ、部活への愛情に溢れているのが分かるよ。部の象徴、すなわち部長、つまり私としても喜ばしい限りだね。――む? ということはだ、この殊勝な行動は、部活ではなく私への遠回しな愛情表現かね?」
「いや、違――」
「みなまで言うな。安心してくれ、どちらも私にとって大切な仲間だ。順番など付けられるものじゃない」
……見えなくもないが、一度口を開けばこれだし。
とりあえず今日の方針は無視で行こうと決め、本に視線を戻す。
「――っと。栗花落くん、きみは一も二もなくシカト全開かね? 私は悲しいよ?」
「いいじゃないか。それだけ面白い本なんだろ?」
「そうか。ならば邪魔は不粋だな。……ん、そう言えば大宅くんはどうしたんだい?」
……気付くの遅くないか?
でも無視。
「ああ、休みだとさ」
「何? それでもあの栗花落くんが部活に出るとは、――やはり愛か!?」
「はいはい、いいから落ち着けっての。栗花落もそんな嫌そうな顔するなよ」
「……おい五十嵐」
「ん、どうした?」
「やけに栗花落くんをかばうな。まさか貴様ら、一部の女子が諸手を上げて歓喜するような関係か?」
……フザケンナ。
「はは、さすがに違ぇよ。俺はノーマルだ」
さすが五十嵐、文学部で一番普通に近い人間。だが“俺は”って何だ。僕もノーマルだっての。
「なるほど。つまりは彼の一方的なほとばしる熱き思いだ、と」
ほら見ろ。五十嵐のせいだ。
「な、何!? 本当か栗花落!?」
そして、なぜそこで信じる大バカ野郎。
それでも僕は本から顔を上げずに無視し続ける。しばらく無視していれば勝手に落ち着くだろう。
「では栗花落くん。部長として言わせてもらうが、――私は応援しているよ!?」
……誰か助けて。
ケース3/遠矢
「あら幸一郎さん、お早いですね」
僕がアホ先輩ふたりの仕打ちに心の中で号泣していると、ふたたびタイミングよく、いや悪く、文学部員の最後のひとり――遠矢が現われた。
いつものごとくマイペースというか。のっけから先輩ふたりの存在を無視できるのが遠矢クオリティか。
「今日は大宅さんはお休みですか?」
遠矢が定位置に座りながら尋ねる。
「見たとおりだ」
「そうですか……。ついに愛想を尽かされたんですね」
喉元まで来た、何でそうなる、という言葉をあわてて飲み込む。電波は長谷部だけで十分だ。
「今、何でそうなる、って考えましたね?」
「考えてない。断じて考えてない」
「ふふ、じゃあ、そういうことにしておいてあげます」
小さく笑う。
背中の中程まである艶やかな黒髪と、大きな瞳に白い肌、ついでに柔らかな物腰。あまり認めたくはないが、言葉少なければ何人の男がこの眉目秀麗なお嬢さまを思い憧れることか。
つまりは、遠矢桜子という女生徒の容姿はそんな感じなのだ。