部活と冷静男と逃亡男-3
「いっちー、部室そっちじゃないよ?」
「……その前に、一ついいか」
「え? ダメ」
許可はもらえなかったが、さっきのは質問ではなく確認のつもりだったから無視。
「あのな……髪を引っ張るな。今すぐ手を離せっ」
「えー。だって長さとか位置とか、掴みやすそうなんだもん」
「……怒るぞ」
「カルシウム足りないの?」
可愛らしく首を傾げながら聞くが、今はそんなので和んだりはしない。
「マジメに言ってんだよ。いいから、怒られたくなかったらさっさと離せ」
「むぅ、いっちーつまんないぞ! もっとノリとか雰囲気大事にしなくちゃ」
とりあえず離してくれたが、僕は悪くないのに説教されているのはなぜだろう。こいつの辞書には理路整然と言う言葉は無いのだろうか。
「と、そんな訳で部活行こうよ」
「そんな、ってどんなだよ……」
「ワガママだなぁ。いいから行こ。ね?」
「悪いけど謹んでお断わりする。行きたいなら一人で行け」
「えぇー、なんでぇ? いっちー冷たいよ……」
急に可愛らしい涙声を上げ、大きな瞳を涙で潤ませながら上目遣いで僕の顔を見つめるつばさ。
その光景に、不覚にも僕の心臓は一気に跳ね上がった。
いや、でも目が潤んでるのは目薬かなんかだろ。そうに決まってる、と言うか、そうでないと困る。
「私と一緒にいるの嫌なの……?」
さらには、傷ついたように顔を伏せると、僅かにその細い肩を震わせる。
傍から見れば、自分は完全に思い切り最低なやつだな、と少し思ったが、今はそれ以上に混乱していた。
え、は? 何? 何なんだよこの状況。まさか僕が悪いのか? ってゆーか涙は反則だろ!? あ、泣かせたのは僕か? いやいや、おい、って言うか、えぇっ!?
「……いっちーは」
つばさが顔を上げて呟いた。
涙に濡れた長いまつげと悲しそうに潤んだ瞳が、共に太陽の光を受けて儚げに輝いているその顔は、もう、何と言うか、こう、アレだった。
簡単に言えば、理性なんて軽く吹っ飛びそうなぐらいに……可愛かった。
つばさはそんな僕の心を見抜いたのか、トドメの一言を放つ。
「……私のことなんか嫌いなんだね……」
「……!」
本当に反則だろこれは、と冷静に思いながらも、しっかりと心を動かされているダメな自分がいたりする。
とにかく、考えるより先に口が動いた。
「あー、はいはい! 一緒に行けばいいんだろ、一緒に。お前がそれで気が済むなら、どこまでもずっと一緒に行ってやるさ。あぁ、願ったり叶ったりさ。僕だって一緒にいたいんだ。バカップル? 上等だ。見てる世間様の方が照れまくって引くぐらいに、もうずっと離れなければいいんだろっ!」
「……え?」
「………………あ」
ま、またやってしまった。
意味不明だし、妄想垂れ流し。
つばさも遅れて意味を理解したのか、顔を真っ赤に染める。
「あ、あのね、いっちー。誰もそこまで言ってないよ……?」
「あ、いや……」
「と、とにかく、部室行こっか?」
「……そうだな」
沈黙がおりる。
何やってんだか。
「……あ、あのさ、いっちー?」
「…………ん?」
「あ、えと、その」
この状況でこの慌て方。言われなくてもさっきのことだろうと察しが付く。
先手必勝!
「あ、あのな、さっきのは虚構と言いますか若さ故の短慮といいますか。とにかく、大変ボケにていたわけですよ。だいたい、ずっと一緒にいるって、今日び小学生でも嘘だって分かるよな。人の気持ちは移ろうものだし。あのときは漫画の読みすぎだったり寝不足で意味不明だったし、第一、元からそんな考えてなかったし。あー、何言ってんだ? とにかく、さっきは漫画みたいな言い方が頭に浮かんで考えなしで適当に言おうとしたけどつばさが泣きそうで。だからどうしたって感じなんだけど、ほら、友達とかいないからどうやったら平穏無事に終わるか分かんなかったし適当にその場しのぎで行こうと思ったけどその場の雰囲気に流されてある事無い事口走ってでもあれは僕の妄想なんかじゃなくてこうだったらいいななんて思ってたんじゃなくてその場を切り抜けるために……」
さっきから何を言っているんだ、何を。自分で自分の人格を否定しちゃったよ。
失ったものは大きくて、得たものは偽りの平穏のみ。けれど僕は自分を貶しめる。
なんてムリに詩人ぶったりして、少しは冷静になったらしい。客観的に物事を見ることができ、それについて疑問を抱ける余裕ができた。
端的に言って、さっきからなぜかつばさが無反応。なぜ?
ちらりと横目で見ると、何だかショックを受けているように見える。