部活と冷静男と逃亡男-20
やがて長谷部は小さく舌打ちをして、
「……興醒めだ。私は帰るから、栗花落くん達が戻ってきたら部活は無しだと伝えろ。分かったな」
「あ、うん」
「それと、貴様らなどには部室は死んでも渡さない、むしろいつか殺すから首を洗って待っていろとあの色ボケに伝えておけ」
「……はいはい」
「絶対だぞ」
それだけ言うと、踵を返して来た道を戻っていく。その長谷部の背を見ながら、凛が呟いた。
「……あの人、樫元さんと仲悪いの?」
「うーん……昔、何かあったらしいね。本人も教えてくれないし、詳しくは知らないんだけど」
「そうなんだ……」
少し間をあけて、
「……私たち、樫元さんたちの下僕だって思われてるんだね」
「……みたいだね」
認めたくない事実を目の前に突き付けられて、凛と拓巳はもう何度目とも知れぬため息を吐いた。
空気が重い。
眩しい。
立て付けが悪いのかやけに重たい屋上への戸を開けると、うざったいぐらいに明るい春の日差しが僕の両目を射抜いた。
目を細めて屋上に出ると、辺りを見回す。探すのはどこぞの脳が天気な女。
いた。
屋上の端の方で、フェンス越しにグラウンド辺りを見下ろしている。あるいは、遠くに見える町の景色か。
「……」
何とも声を掛けづらい。だいたい、何を言えと?
見なかったフリをして帰ってしまえ、と心の中の悪魔がささやいた時、つばさがゆっくりと振り向いた。
そして、こちらに気付いたらしくバッチリと目が合う。
「……よお」
無視された。
距離は大体十メートル。話をするのには少し遠い気がするので、一歩近づいたが、つばさも一歩下がった。
「……」
さらに二歩分詰めたら、やはり向こうも同じだけ動く。
この距離をキープして近づかないつもりらしい。
仕方ない。
近づくのはあきらめて、
「……さっきは悪かった。だけど、あれは事故だって」
「……」
「だからいつまでも怒ってないで――」
「怒ってない」
「……」
予想していたよりも面倒なことになっているようだ。
「心底反省してる。だから機嫌直せよ」
「……怒ってないってば」
「それ、嘘だろ」
「ホントだよ」
「嘘だ」
「ホント」
「……あっそ」
ここまで言い張るなら信じよう。
「……なら、僕はもう戻るぞ。お前もさっさとしろよ」
そのままつばさに背を向ける。
「……バカ」
「……」
耳が痛いよ、まったく。
「バカ。冷血」
「ああ、悪いな。僕は本当バカなんでね。優しい言葉も思い付かないよ。だから――」
そこで言葉を切り、少しだけ振り返り、
「お前の気が済むまで待ってるさ。帰りも自転車乗るんだろ?」
「……」
「待ってるぞ。戻ってくるの」
沈黙は了解、でいいよな。
再び前を向き、校舎内に戻る。
そのまま部室に向かおうとしたが、つばさが屋上にいたということは、遠矢はまだ探しているのだろう。
「……行かないとだよな、やっぱり」
いいさ、時間はまだまだたくさんある。
待っててやるさ、いつまでも。
栗花落たちがいなくなって数十分、拓巳は当然として、もはや凛までも、いい加減に待ちくたびれていた。
「……だるっ」
「そだね……」
こんなテンションの拓巳と一緒に待っていれば、飽きるのも当然の成り行きだが。
「……ねぇ、帰っちゃおうか」
「ダメだよ。ちゃんと待ってなきゃ」
もう何度も繰り返された問答だが、少しづつ誘惑に負けそうになる。
その度に、二人が早く戻ってきてくれないかと願うが、願い届かず数十分。次に問われても断れる自信はもう無かった。
「……やっぱり帰ったほうが――」
来た。
「あ、でも……」
「いいって。彼ら、こっちの名前は知らないだろうし」
「……」
「今がチャンスだよ。ね?」
「……じゃあ――」
とうとう心が完璧に傾いた。あとは一言、『帰ろう』と口にすればすべては終わる。
もはやこの流れを止めることなどできず、凛は口を開いて言葉を紡ごうとしたが、
「……悪いな。待たせた」
「っわ!?」
急に背後から声を掛けられて振り返ると、待ちわびた二人が戻ってきていた。