部活と冷静男と逃亡男-19
「……まあいいや。うん。いいさいいさ。凛ちゃんは、僕よりもさっき会ったばっかの見知らぬ男子をかばうんだね。うん、別にいいんじゃないかな、それで」
「べ、別にそうゆう訳じゃ……」
「いいんだいいんだ。どうせ僕なんて一年より背が低いダメ人間代表なんだ――」
凛の困ったような顔を見て、たまにはそんな表情もいいかなぁと思う。
そして、続きを言おうとしたとき、
「おや? まさか、そこに見える君たちは入部希望者かい? これは嬉しい! 大歓迎だよ!」
突然の大声にさえぎられた。
顔を声のした方に向けると、教室二つ分ほど離れた位置に眼鏡を掛けた女子がいた。さらに、こちらに大きく手を振りながら早足で近寄ってくる。
「やあやあ! 君たちは何年――ん?」
そのまま女子は満面の笑みを浮かべながら話し掛けてきたが、拓巳と凛の顔を認めた途端、さっきまでのテンションが嘘のように静かになった。
「……っと、樫元由紀の下僕たちか。ぬか喜びだったようだな」
「顔を見るなりご挨拶だなぁ、えっと……長谷部さんだっけ?」
名を呼ばれ、長谷部は面白くもなさそうに鼻を鳴らす。
「ふん、あの白痴はいないようだが、何か用かね?」
「……相変わらず、あいつのことかなり嫌ってるみたいだね」
「それが分かるだけの知能を持つなら、自分達が歓迎されていないことも少しは理解してほしいよ」
もはや先程までの友好的な笑みは欠片も残さず完全に消え去り、それどころか不快を隠そうとすらしない。
「さあ、もし万が一にも今の言葉を解し、さらにその頭に一片でも良識があるならば、私の精神安定のために一刻も早くこの場から消えてくれ。それともバカの仲間はこれだけ直截な意見すらも理解できないのかな?」
「いやぁ、僕たちも帰りたいのは山々なんだけどね」
「何だ? はっきりしないやつだな」
いらついたように話すが、まったく話し合う余地が無いわけではなさそうだ。
少し安心した。この手の言い回しを使うようなタイプとは、舌戦を繰り広げても勝てる気がしない。
「あの、えっと。私たち、ここで待つように言われたんです」
そんなことを考えている間に、凛が代わりに答えてくれた。
「そうなんだ。よく分かんないんだけど」
「よく分からんのは貴様らだ。誰にそんなこと言われた」
「名前は知らないけど一年生で、冷たそうな顔した男子」
「冷たそうな顔の一年男子……?」
その特徴を聞いた長谷部は、思い当たる人物でもいるのか、眉を寄せて何事か思案顔になる。
「……そいつは体格はよかったか?」
「いや、そんなにガッシリした感じじゃなかったね。むしろ少し細いぐらいかな」
身長は僅かに、本当に僅かに負けたようだが、たぶん幅は自分と変わらないぐらいだったと思う。
「はい。肩幅とかも、だいたい拓巳くんと同じぐらいだったと思います。――それと、結構整った顔でした」
さらっと付け加えられた一言を、拓巳は聞き逃さなかった。
「なっ――! やっぱり凛ちゃんは僕より彼の方が!?」
「え? あ、い、今のはただの一般的な意見で、別にそんな意味じゃ――」
「彼はヤバいって! 絶対に、ナイフみたいにさわるもの皆傷つけるんだよっ」
「……子守唄?」
長谷部は特徴を聞いて確信を持ったのか、じゃれあう二人は無視して苦り切った顔で呟いた。
「……やはり栗花落くんか。余計なことを言ってくれたな……」
どうやらあの男子は長谷部の知り合いで、栗花落、と言う名前らしい。
「……ふむ、しかし何でまた栗花落くんに命令されたんだ? 名前すら知らなかったのだろう?」
「ああ、それは色々ありまして。色々と。むしろドロドロと」
「は?」
「あー、うんと、つまりは、あの――」
「……拓巳くん、私が代わりに説明するからもういいよ」
「あ、いいの?」
「いいよ。拓巳くん説明苦手そうだし」
「ああ、じゃあ、お願いします」
「うん」
そう言って、凛は美奈たちに部室探しを命令されたことから始まり、この教室で栗花落たちと出会ったことまでの事情を、かいつまんで説明した。
長谷部はそれらの話をすべて聞き終えて一言、
「訳が分からんな」
「いや、でもホントのことだよ」
「別に疑っているわけではない。ただ事態がうまく飲み込めないだけだ。――しかし呆れるしかないな、部室探しだなんて」
「……ぶっちゃけ僕もそう思う」
「だいたい、活動場所も決まっていないのに新しい部活を作ろうだなんて、非常識が過ぎるのではないか?」
「そんなの僕らに言われても」
「いちいち五月蝿いやつだな。分かったから黙っていろ」
自分が話を振ったくせに。
こんなことを言ったら怒られるのは目に見えているから言わないが、少し由紀と似ていると思った。