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悪魔とオタクと冷静男
【コメディ その他小説】

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部活と冷静男と逃亡男-18

 ほんの冗談のつもりで言ったのに、睨まれた。人生の中で五指に入るぐらいの物凄い迫力で。
 殺意すら感じてしまうような鬼気迫る眼光に、メドゥーサやゴーゴンなどの魔眼の怪物を連想したが、当然口には出せない。じゃなくて、出さない。
 しかし、この程度の冗談で腹を立てるとは女とは難しい。これが世に名高い“女心”というやつか。
 ……いや、違うな、たぶん。
 とにかく、そんな殺意に満ちた目で睨まれても、僕は遠矢から目を逸らさない。
 別に、目を逸らすのも怖いとかそういう訳では断じてない。本当にまったくない。
 しばらくそうしていた後、唐突に遠矢は目を伏せると小さくため息を吐いた。
「はぁ……早く大宅さんを探しに行きましょう。あのお二人も待たせっぱなしですし」
「そうだな」
「で、愛の力で行きそうなところに見当は付きましたか?」
 からかうようにニヤニヤと笑う。いつもどおりに。もう怒ってはいないようだ。
「……あいつの性格から言って、普段使わない教室はないと思う。この辺りのトイレか屋上でいじけてるんじゃないか?」
「では、幸一郎さんが屋上に探しに行っている間に、わたくしがトイレを調べることにしましょうか」
「ん、そうしてもらうとありがたい」
「それでは、探しに行きますね」
「あ、待て」
「……何ですか?」
 怪訝そうに振り返る遠矢。なぜ止めたのか分からないと表情が語っている。
「すぐに連絡取れるようにしといたほうがいいだろ」
 ここまで言ってもまだ分からない様子だったが、僕が携帯を取り出すのを見て納得した顔になる。
「あー、すみません。わたくし、普段から学校には携帯持ってきていないんですよ」
「……それ、本気で言ってるのか?」
 疑いの目で遠矢を見るが、どうやら冗談ではなさそうだ。
「ええ。本気と書いてマジです」
 驚いた。携帯しない携帯電話とはこれ如何に。それではただの電話じゃないか。
「と言うか、携帯があるなら、まずは電話してみては?」
「普通に考えて、僕からだって分かるのに出るわけないだろ」
「それもそうですね。……じゃあ、見つけたら説得して部室に戻りますから、屋上にいなかったら待っててください」
「ああ」
「それでは、今度こそ行ってきますね」
 まるで少しでも早くこの場から離れたいかのように早足で歩きだす遠矢。
 いつもと同じなのだが、何かが微妙に違う気がする。
「……なあ、何か変だぞ。お前」
 しかし、聞こえなかったようで、遠矢は振り返らずに行ってしまった。
「……?」
 本当に女の気持ちはよく分からない。
 ……まあいいさ。
 いざ、屋上へ。


「……僕としては非常に帰りたいんだけど、やっぱり待ってなきゃかな?」
「うん、待ってろって言われたし」
 拓巳は、あっさりと返す凛から内履きの爪先のあたりに視線を移し、今日はロクなこと無いなぁ、と呟いて肩を落とした。
 謎の少年にその場で待つことを命じられて数分、早くも持ち前のやる気の無さが顔をのぞかせ始めた。
「でもさぁ、見ず知らずの他人だし、帰ってもいいんじゃないかなあと僕は思っちゃったりする訳で」
「え、でも、少しって言ってたし待ってみようよ、ね?」
「うーん……」
 拓巳は唸りながらあまり乗り気ではなさそうに、
「彼、なんか冷たそうな顔してたしなぁ。何て言うのかな、こう、鋭いナイフみたいな? あ、何かこの表現かっこいいかも」
「そ、そうだね」
「それでさ、きっと自分の悪事を見た僕達をこっそり埋めようとか考えてる顔だよ、あれは。間違いないね」
「それは考えすぎだと思うけどなぁ……」
「甘いっ! 甘いよ凛ちゃんは。――そこがいいんだけど」
 凛が照れたように顔を赤くした。
 それを見て拓巳は、あはは、と適当に笑って誤魔化し、
「あれは人を殺すことを何とも思わない人種だよ。だって、女の子を押し倒すような鬼畜だよ? こんなに明るいうちに」
 もっとも、明るかろうが暗かろうが、いきなり人を襲うようなやつは最低だが。
「これで彼がヤバいって分かったでしょ? 下手したらコンクリ詰めで海の底だって。逃げたほうがいいよ、ホントに」
「うーん、やっぱり考えすぎだと思うよ? さっきのだって偶然かもしれないし」
「いいや、あれは殺人狂の目だったってば! 何より、一年なのに僕より背が高いあたりが怪しいし!」
「……それって、ただのひがみ……あ、ううん。何でもないよ」
 凛は何事もなかったかのように、にこやかに笑う。美奈や御幸の影響か、だんだんと処世術を覚えてきたようだ。


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