部活と冷静男と逃亡男-17
四/遭遇の終わり
終わってる。
『最低』『犯罪者』『救い無し』『社会不適合者』。
止める間もなくどこかへと走り去るつばさの背を見ながら、そんな不名誉でありがたくない種類の言葉が僕の狭い脳内で駆け回り、踊り、乱舞する。
『一年の栗花落(つゆき)幸一郎が、放課後の教室で女子に痴漢行為をはたらいた』
『栗花落が、女子を押し倒して殴られた』
『栗花落幸一郎は女子を無理矢理襲って、手籠めにした』
『で、子供は二人』
このままでは、噂が一人歩きして、こんな事を言われる日もそう遠くはないだろう。
なぜか? そんなのは簡単だ。
見られた。最悪の場面を最悪なタイミングで。今僕を見下ろしている、二人の謎の訪問者によって。
こいつらのせいで僕の立場やイメージやその他色々なものが危険にさらされていると思うと、思いっきり睨み付けたくなる。
実際はすでに睨んでいるのだけど。
だが落ち着け。
冷静に、慎重に、思考を暴走させるな。問題は目の前だ。目を閉じるな前を向け。
そうさ。さっきは最悪だったけど、ただそれだけだ。
選択肢は、まだ、ある。最悪をひっくり返すチャンスは必ずあるはずだ。
まずはつばさ。
悪気が無かったとは言え、ここは謝ったほうがいいだろう。
おそらくあの二人はいろいろと誤解しているだろうが、そんな事は後回し。今はつばさを追い掛けて謝ることが最優先だ。
そうなると、こうして考えている間も惜しい。すぐさま立ち上がり、つばさの後を追うべく教室を出る。
だが待て。
こうなった責任の一端は遠矢にもある訳だし、一人よりも二人で探したほうが効率がいいはず。
くるりと踵を返し教室に戻り、
「……お前も探せ」
「は?」
「いいから来いっ」
半ば引きずるように遠矢の腕を掴んで、有無を言わさずに連れていく。
「そこの二人。少し待ってろ。……逃げるなよ?」
最後に、事態が飲み込めていない様子の二人を睨みつけてそう言うと、再び教室を後にする。
しばらく進んで、特別教室棟と普通教室棟をつなぐ通路の辺りまで差し掛かったとき、遠矢が戸惑っているように言った。
「ち、ちょっと待ってくださいよ。少し落ち着いてください」
「そんな暇は無い」
「なら、せめて手を離してくれませんか? 痛いです」
言われて振り返り、いまだに遠矢の手を掴みっぱなしだと気付いた。そんなに力を入れているつもりはなかったが、それでも痛かったらしい。
「ん、すまん。気が付かなかった」
普段はまったく意識しないが、一応、本当に一応とは言え遠矢も女だ。乱暴にし続けるわけにもいかない。
「まったく、女の子の扱いが分かってないですね。だから大宅さんにも嫌われてしまうんですよ」
「さっきのはお前のせいだろ。確実に」
「責任のなすりつけですか? 汚い大人のやり口ですね」
……。
落ち着け落ち着け。今はふざけている時間はない。早くつばさを追い掛けなくてはいけないのだから。
「……それよりも、ちゃんとあてはあるんですか?」
早足で歩き始めたところで呼び掛けられ、足を止めて再び振り返る。
「そんなものある訳が無いだろ」
「……。闇雲に探しても、まず見つからないと思いますよ」
「ならどうしろって言うんだよ!」
「逆ギレ!? ……こほんっ。とにかく、大宅さんの行きそうな場所を考えることから始めましょう?」
「……こほんって。聞いてるとかなりわざとらしいな」
「ち、注目するところが違います! 今はそんなこと関係ないはずですよっ!」
めずらしく怒りをあらわにする遠矢。
言ってることは間違いなく正しい、それは僕も認める。しかしなぜだろう、何とも言えない不快な気分だ。
「まったく、何でわたくしが幸一郎さんの不始末のせいでこんな目に……」
ため息を吐きながら文句を言う遠矢を半眼で見つめ、
「大元をたどれば自業自得だろ。文句なら自分に言え」
「あー、はいはい。そうですね。……はぁ。幸一郎さんのそういう冷たいところ、正直嫌いです」
「つばさに言わせると血が冷たい無関心人間らしいからな」
「……幸一郎さんの自己分析は大宅さん基準なんですね」
呆れたようにそう言われて考えてみると、確かにつばさが言ったことはそのまま認めている節がある。
「……それでも、ちゃんと的を射た意見だと思うが?」
「確かにそうですけれど、分かっているなら気を付けないと。幸一郎さんのそんなところを嫌う人もいるんですよ」
「別にお前に好かれたくもないけどな」