部活と冷静男と逃亡男-15
時は少し遡り、特別教室棟の廊下。
拓巳と凛は、二人揃って大きなため息を吐いた。
「――ちょっと。二人とも、さっきから五月蝿いんだけど」
二人の前を歩いていた美奈が振り向きながら言う。
「だって、何で僕らがこんな事……」
「それは――」
「それは仕方ないだろう。部室を確保できなかったら、せっかくの帰宅部が廃部になってしまうのだから」
説明しようとした美奈より先に、由紀が割って入った。
「……私が言おうとしたのに。とにかく、帰宅部のために文句は言わないの!」
「だからって、何も四人で探す必要ないじゃん」
もっともな言い分だが、
「だって、私たちが頑張ってるのに拓巳くんは楽するなんて不公平だもん」
「まったくもって美奈の言うとおりだ。分かったか鈴村」
「……御幸はいないじゃん」
「御幸くんは別にいいの。何となく」
「鈴村じゃないなら特に問題はないさ。何となく」
「ひっ、ひどっ! 何で僕だけはダメなんだよ!?」
「拓巳くんだから」
「鈴村だから」
同時に言う。
自分達の意見が正しいと完璧に信じ切っている顔に、拓巳は冗談などではなく軽い眩暈を感じた。
「――しかし、確かに四人でまとまってる必要はないな」
めずらしく同意した由紀に、拓巳は一瞬にして復活すると、一握の希望を見いだしたような顔になる。
「でしょでしょ? やっぱそう思うよね。だからさ、僕と凛ちゃんはもう帰――」
「それはダメだと言っているだろ。物覚えの悪い奴だ」
希望はアッサリと潰えた。一人落ち込む拓巳を尻目に、
「ふむ、そこでだ。能率を考えて、ここは二手に分かれるというのはどうだろう?」
「うーん……私は別にいいよ。時間は節約するに越したことはないし」
由紀は美奈の答えに満足気な笑みを浮かべると、次は凛の方を向く。
「よしよし。では冬月さんは――いや、あえて凛さんと呼ばせてもらおう」
「うわっ、馴れ馴れしい……」
「黙れ無個性男。貴様は教室の隅で体育座りをしていればそれでいいんだ。……話を戻すが、凛さんは何か異存はあるかい?」
「え、あ、いえ。別に無いです」
「うん、これで満場一致だな。では――」
「……あの、分かるんだよ、何となく答えは分かるんだけどさ、敢えて聞くよ? ――僕の意見は?」
拓巳の予想としては流されるだろうと思っていたが、違った。
嘲るような視線を向けられて、さらに小馬鹿にされたように鼻で笑われた。
「うわっ、そうゆうの無視されるより傷つくし!」
「よし、どう分けるか決めるとしようか」
今度は流された。
「じゃあ、私は拓巳くんと行くから、由紀ちゃんは冬月さんとでどうかな」
「えーっと、僕としては出来る事なら凛ちゃんとがいいなぁ、なんて……」
それを聞いた由紀は僅かに、ぱっと見では分からないぐらい驚いた表情になり、
「へぇ、めずらしく殊勝なことを言うじゃないか鈴村。よし分かった。お前の望みどおりに、私は美奈と愛を育もうじゃないか」
「……誰もんなこと望んでないって」
「えーっ、愛を育むなら由紀ちゃんよりも拓巳くんがいいなぁ」
「なっ!? すすす鈴村以下だと言うのか、私の価値はっ?」
「ちょっと待て! 何でそんなに動揺してるんだよ!」
「馬鹿が、これが動揺せずにいられるかっ。くそっ、よりによって鈴村以下だぞ? ほとんど人間失格と同義じゃないか」
「……僕はツッコまないぞ。絶対にツッコまないぞ……」
神妙な面持ちでブツブツと呟く姿は、そこはかとなく危ないオーラをまとっている。
「おや? お前はかげま願望有りか?」
「は?」
「男がツッコむのを拒否したという事は、ツッコまれる側がいいって事だろう? ならば衆道じゃないか。それとも不能か? どちらにしろ、ライバルが減ることを考えれば嬉しいが」
かげまに衆道。
あまり聞き馴染みの無い言葉だが、一応知ってはいる。拓巳の知識が間違っていなければ、確かどちらも男色の道の事を指す言葉だったはず。
要は、山もオチも意味も無い話。もちろん拓巳にそっちの気はないのだが。
「……あのさぁ由紀、敢えて言うけど、馬鹿だろお前?」
「敢えて言うな、この阿呆が。脳みその品質保持期限が切れているんじゃないのか?」
「さあ、まだまだ大丈夫だとは思いたいけどね。実際はどうかな。分かんないや」
「……マジで返されるとからかう気が削がれるな」
「わあ、それはすごく良い事だね」
どこかズレた会話だが、この場に気にするような良識をもった人はいなかった。それが良い事か悪い事かは分からないが。