異界幻想ゼヴ・クルルファータ-41
「天敵を殺す事は、否定しないわ」
器官を力一杯踏みながら、ウィンダリュードは言う。
「けどそれは、楽しむために拷問を食らわす事と同義じゃない。あんた、何考えてんの?」
「おぐっ、げっ、げふぇっ!」
華奢で非力なウィンダリュードでも、金的は想像を絶する痛みを生み出す。
なす術もなく悶えるザグロヴの事は二人に任せ、四人は手足をもがれた肉達磨を取り囲んだ。
「フラウ!フラウ!」
ティトーが声をかけると、それの喉から空気が漏れる。
重要な所を傷つける事なく切り開くその腕前は見事なものだが、今の一行には感心よりもザグロヴに対する殺意しか湧かない。
それでも目をくり抜かれた肉達磨は、ティトーの声に反応した。
「生きて……生きてるんだな、フラウ……!」
フラウがバランフォルシュの庇護下に入ったのかはまだ分からないので、首輪が外れないように注意しながら、ティトーはその体を抱き締めた。
「……深花」
ジュリアスは、彼女の耳元に囁く。
「今から魔導の基礎を伝える。フラウを、助けてくれ」
教えるのではなく伝えるという事は、自分の頭へそれをねじ込むという意味だ。
「……うん」
それで一刻も早くフラウが助かるのなら望む所だと、深花は頷いた。
「その必要はありません」
深花にとって四度目の声は、真後ろから聞こえた。
振り返るより速く、ふわりと抱き締められる。
「バランフォルシュ、様……」
呆然と、深花は呟いた。
「あまり手伝えなくて、ごめんなさい」
抱擁が解けたので、深花は慌てて振り返る。
バランフォルシュは、そこにいた。
背丈は、デュガリアより少し小柄なくらい。
腰まで垂れた、ふさふさと波打つ豊かな焦げ茶色の髪。
黄土色の肌に、青や橙や紫と目まぐるしく変わる瞳の色。
その容貌は……美しい、のだろう。
共通項はあれど人間の理解力を超越した容姿は、畏怖の念を呼び起こす。
「サフォニー・フラウ」
バランフォルシュは、彼女へ優しく呼び掛けた。
「自決を選んでもおかしくないこの状況下でよく希望を失わず、ここまで耐え抜きました。その生命力を、勇気を、私は讃えましょう」
そして、ティトーごとフラウを抱き締める。
「私のミルカの指針となってくれて、ありがとう」
癒しの波動が、フラウを包み込んだ。
ずたぼろの肉袋だったその体が、見る間に再生されていく。
生えかけていた手足は、元と同じ長さへ。
くり抜かれた目や削がれていた鼻と唇が、みるみるうちに盛り上がる。
「あ……あ……!」
青白かった肌色は、健康的なピンクに戻る。
フラウが完全に元の姿に戻ると、バランフォルシュはその首から戒めを外した。
「深花」
名を呼ばれた深花は、ふらふらとバランフォルシュの前に出る。
「私を信じてくれて、ありがとう」
再び深花を抱擁しながら、バランフォルシュは手招きした。
「ウィンダリュード」
優しく呼ばれたウィンダリュードは、瞳に畏敬の念を湛えて近寄る。
「バランフォルシュ様」
バランフォルシュは、二人を抱き締めた。
「私の可愛い子供達」
ちらちらと、その体が燐光を発し始める。
「……さようなら」
ぱっと光って、バランフォルシュはその場から消えた。
あまりの事に誰もが動けず、沈黙が落ちる。
同時に息を吐いた深花とウィンダリュードが抱き合いながらへたりこんだせいで、まずはデュガリアの呪縛が解けた。
精霊との係わりは彼が一番薄いから、早めに動けるようになったのは無理がない。