異界幻想ゼヴ・クルルファータ-31
「あ……あんたは?」
ウィンダリュードのかすれた声に、デュガリアは首をかしげる。
「自分で言うのも何ですが、僕はプライドの高い人間でして」
ちらりと、視線が深花の横顔に張り付く。
「今回の潜入は、彼女への約束に則ったものです。恐いからといって自分のした約束を破って逃げ出すなんて選択肢を選ぶのは、僕のプライドが許しませんよ」
やたらに臭くもかっこいい台詞に、ウィンダリュードは絶句する。
「疑問はなくなったな?それじゃ行くぞ」
リオ・ゼネルヴァは単一国家による王制が敷かれているが、ダェル・ナタルは違った。
各地に散在する都市は完全に独立しており、各々を首長が治めている。
散在する農村は決まった都市へ年貢を納める代わりに、援助や庇護を受けていた。
一行がまず向かった都市は、中程度の規模である。
そしてその成り立ちは、リオ・ゼネルヴァの都市と大差なかった。
首長の住む屋敷。
真っ当な繁華街。
点在する官公署。
様々な階層で住み分けられている住宅街。
そして主目的の、いかがわしい闇の街。
一歩踏み入れるだけで、ジュリアスはこの界隈は深花にいい影響を与える事はないと悟った。
昼日中だというのに、どこか薄汚れた空気が区画のあちらこちらに淀んでいる。
ちょっと入り込んだ路地を覗けば、色々なタイプの男女が意味ありげに秋波を送ってきた。
ここでは、深花やウィンダリュードも『客』なのだ。
金には金の価値しかなく、真っ当に稼いできたものなのかどこかから強奪してきたものなのかなどの素性は問われない。
何かが奪われたら、奪われるくらいに弱い方が負けだとしか思われない。
「……落ち着きませんねえ」
デュガリアの呟きに、ウィンダリュードが歯を剥き出す。
「あんたら三人が並んで歩いてたら、目立つに決まってんでしょ」
長身でそれぞれにタイプの違う美男がいかがわしい街で三人並んでいれば、確かに目立つ。
美形云々以前に威圧感で他を圧倒するヴェルヒドは、黙って歩みを進めた。
「まあ、安心できるからいいじゃないか」
笑い混じりなティトーの声に、ウィンダリュードは一瞬不可解そうな顔をした。
「あ……そうね」
しかし、すぐに納得する。
容姿の美しさに注目が集まっているのに全く騒ぎが起きないのは、四人がこの地の人間ではないとばれていないという事だ。
「とりあえず昼飯でも食いながら、腰を据えようじゃないか」
ヴェルヒドが親指で、とある宿の入り口を示した。
「少しおとなしくしていれば、いい事がありそうだ」
示されたのは一階にフロントと食堂や酒場で二階以上は宿泊施設と、繁華街によくあるタイプの宿だ。
「……変よね?」
深花の呟きに、ジュリアスが頷く。
「途方もなく変だ」
意見が一致して、深花はほっとする。
自分達が今いる場所の事を考えると、『普通の宿屋』である事自体がありえないのだ。
しかしそこのたたずまいは、場違いさがくっきり浮き出るほどに変哲のない宿屋である。
「まあ、お行儀よく待つとしようか」
何かを察したのか、ティトーがそう言う。
「さっき、店主が俺達を招待してた。それに見ろ、娼婦連中があっという間に逃げてきやがった」
その説明に、深花は辺りを見回す。
色っぽい視線を注いでいた女達は、蜘蛛の子を散らすように姿を消している。
「どうやら俺達には、誰かの手がついたらしい」
あっぱれな逃げっぷりに呆然としているとジュリアスに引かれ、深花は宿屋に足を踏み入れていた。