オタクと冷静男と思い出話-1
人生、一寸先は闇とはよく言ったもので、確かに予測できない事が溢れている。
例えば、その日会ったばかりの(かなりハジケた)女子に脅されて、告白させられそうになったりすることもある。
あるいは、知らない奴の初恋の告白を、目標の隣にいたせいで、間違えて聞かされてしまったりなど。
もしくは、休日の朝に突然、ちょっと気になる娘(と、おまけ数人)が、わざわざ家に遊びに来てくれたりとか。
そんな事態を、いったい誰が予測できただろうか? いいや、誰もできない!(反語表現)
「……」
「……」
よって、目の前の現状、つばさが今までに見たことがないぐらいに不機嫌なのも、当然のように不測の事態、だったりする。
「……」
「……」
しかも、あの桜子ですら居心地悪そうに黙っているせいで、空気自身が質量を持ったかのような重苦しさを感じていた。
そんなこと関係なさそうな奴もいるが。
「…あー、その…なんと言うか…」
その、まわりの空気などお構いなしと言った感じの長谷部が、急に話し始めた。
「重い…。空気がとても重い」
どうやら、長谷部ですら分かるほどに、この部屋の雰囲気は異常らしい。
だからと言って、この状況でそれを口にしたことは、本人にその気があるかは知らないが、原因であるつばさを責めているようにも聞こえる。
「…わざわざ口に出さなくてもいいんじゃないですか…」
言いながらつばさの方をちらりと見たが、特に気分を害した様子はなさそうで、少しだけ安心する。
すると、自分の失言に気付いたようで、あわてて言葉を付け加える長谷部。
「ま、まあ、あれだ。これしきの重さなら、私にとっては大した重みではない。は…はははっ!」
付け加えはしたが、少しもフォローできていない。
そして再び沈黙が部屋を満たす。
なぜ、こんな面倒な事になってしまったのだろうか。
僕の頭がまだボケていないなら、帰り道までは普通だった記憶がある。だから、原因は家に着いてからのことだろう。
家に帰ってきてからの行動というと…。
…数十分前。
「先輩、なにやってるんですか…」
買い物も終わり、家に到着した僕とつばさは、不審者といった感じで、我が家の玄関先をうろついている長谷部を発見した。
「ああ、二人ともやっと帰ってきたか。待ちくたびれたよ」
「…今までずっと外にいたんですか」
「ふっ、そんなことは言うまでもないさ。勝手に人の家に上がり込むほど、不作法ではないからな」
「へぇ〜、さすが部長ですね」
ボタンを押すような仕草をしながら、素直に感心するつばさ。
たしかにムダな知識だけど…。
「あれ、そう言えばいっちーの愛しの遠矢さんは?」
「……」
ボタンを押す真似に飽きたのか、つばさが辺りを見回しながら尋ねた。
…つーか、いい加減にしてくれよ。今日だけで何回目だ?
「…つばさ、別にあんなやつ愛しくなんかないんだが…」
「あはは、照れなくてもいいってば〜」
「……」
しつこい。今日はやけに絡んでくるが、理由が分からない。
つばさの行動が理解できないのはいつものことだが、今日は特に分からない。
「ふむ、栗花落くんは桜子くんの行方が心配で仕方ない、といった感じだね」
どうやら悩んでいる僕を見て、勘違いしたらしい長谷部の一言。少し、いや、かなり迷惑な話だ。
今までの経験上、ムダだとは思うが一応言い訳をしてみる。
「あんなやつのどこに惚れる要素が…」
「あら、あんなやつとはいったい誰のことですか?」
…噂をすれば影とはこのことか。背に悪寒が走る。
「……気にするな」
振り返らずに、背を向けたまま答える。正しくは振り返れずに、だが。
「幸一郎さん、なんだかいつもより声が上ずってませんか?」
「そんなことない。聞き違いだ」
「そうですか。それよりも、なんでこちらを向いてくれないんですか?」
「…意味はない」
「本当ですか? でしたら、こっちを向いてお話しませんか」
表面上は提案のようだが、実際は命令だ。もちろん、拒否などできない。
「……」
無言の圧力を背中越しに感じる。くどいようだが、拒否権などという便利なものは存在しない。
そうなれば、残された選択肢は『諦めて振り向く』しか無い。
「……」
意を決して振り向くと、桜子はなんとも形容しがたい笑顔を浮かべていた。