オタクと冷静男と思い出話-7
「? 幸一郎さん、どうかしましたか?」
「いや、何でもない。重症だな、って改めて気付いただけだ」
「…………救急車」
そう言って携帯を取り出す桜子。
「っ、おい待て! 救急車は必要ない!」
「重症なんじゃ?」
「それは比喩で……ああっ! 救急車呼ぼうとするなって! だから、ほら、えっと……ああ、もう!」
「……やっぱりおかしいですよ」
「いや本当に大丈夫だから……携帯を片付けてくれ……」
そう言うと、やっと携帯を片付ける桜子。まだ視線は疑いを含んでいるが。
とにかく桜子のせいで、せっかくの名場面になりそうなシーンがぶち壊し。
「幸一郎さん、なんだか刻一刻とおかしくなってますよ。来週にはどこまで行くんでしょうね?」
「…………さあ」
たしかに桜子の言うとおりだ。このままでは危険すぎる、いろいろと。
「とにかくですね、そんな些細なことは置いといて」
「……僕の奇行は些細なことなのか? 自分的には結構な悩みなんだが……」
「自分で変だと認識できてるうちはまだ大丈夫ですよ。危険なのは自分が何をやっているのか分からなくなってからです。――部長みたいに」
「……あっそ」
長谷部に対する失礼な発言は流すとして、笑顔でそんな説明をされても、気が滅入るだけだと分からないのだろうか?
いや、これ以上考えるのはよそう。桜子と関わってから奇行が増えたのは明白だし、わざわざ自分から泥沼に入る必要はない。
と、思ったが、思っただけでは関わらなくて済む訳もなく。
「幸一郎さん、否定しないってことは部長がおかしいと思ってるんですよね」
泥沼に入る必要はないと考えたが、すでに入った後で、さらには脱出不可能らしい。
……いい緊急脱出の方法募集中。
「無言は肯定とみなしますよ?」
「勝手にしろ」
「……そんなあっさりと言われると、録音の準備した意味が無いじゃないですか。もっと粘って自爆発言してくださいよ。昨日の放課後みたいに」
「自爆発言って……。てゆうか、常にレコーダー持ち歩いてるのかよ……」
「ええ、そんなの一般常識です。いつどこで面白発言が聞けるか分かりませんし。例えば昨日録音したようなのとか。聞きます? 面白いですよ」
「やめろ。……それより僕としては、一般という言葉をお前がどう定義してるか聞きたいんだが」
「気にせず行きましょう。別にいいじゃないですか、そんな細かいことなんて。その一般常識のおかげで熱き思いを後世に残せるんですから。感謝されてもいいぐらいです」
「……おい、一言いいか?」
「だめです」
「……」
「って言われたりしたら、どうするつもりなんですか?」
……腹立つな。
「……別にどうもしない。諦めるさ」
「なら、だめです」
「……」
……まあ、問い掛けの時点でこう言われるだろうと予想していたが、実際に言われると憎さもまた格別。
可愛さあまって憎さ百倍と言うが、憎さがあまったらどうなるのだろうか。……殺意百倍か? 違うか。
「冗談ですよ。なんですか、言いたいことって?」
なんだかヤバいほうへ、ヤバいほうへと流れていた思考も、桜子の呼び掛けでなんとか停止させる。
「ん、ああ、大したことじゃない」
「そんな言い方されると余計気になります」
「そうか、それは大変だけど、――僕は気にならないから教える必要もない」
そう言うと、桜子が抗議の声を上げた。
「それぐらい教えてくださいよ〜。このままだと、気になって夜も寝られそうにありません」
「がんばれ、としか言い様が無い」
「……もし不眠症になったら幸一郎さんのせいにしますけど、いいんですか?」
「勝手にしろ」
「つまり、幸一郎さんはわたくしの睡眠を妨げると、そう解釈していいんですね!?」
語気を強くして押してくる桜子。今度は何なのだろうか。どうせロクなことじゃないだろうが。
「何をそんなに意気込んで……」
「いいんですか、よくないんですか?」
こちらの語尾に被せるようにして、再び同じ質問をしてくる。
「いいけど、それがどうした? 慰謝料請求とか言うなよ?」
「そんなことは言いませんよ。――それにしても、まだ教える気はないんですか?」
「ない」
「大宅さんの前にいるときとは別人のように冷淡ですね。ああ、恋が人をこんなにも変えるとは……!」
一人で楽しそうにはしゃぐ桜子。きっとこいつにとっては、人生の何事も享楽なんだろう。それがいいことなのか否かは別として。
ただ、関わる人間の一人として言わせてもらえば、迷惑以外の何物でもない。
……なんだか、さっき言おうとした一言が再び浮かんだ。