オタクと冷静男と思い出話-4
……今に至ったわけだ。
しかし、決して悪い訳ではない頭脳を全力で使い考えてみても、結局つばさの不機嫌の理由は分からずじまいだ。
「……」
「……」
相変わらずの重苦しい沈黙のなか、思考はまとまろうとせず、色々な考えが浮かんでは消えていく。
あの桜子でも気まずく感じることがあるんだな、と少なからず驚いたり。
五十嵐は本当は来ないんじゃないか、むしろ来るんじゃない、と願ってみたり。
そして、昨日までの僕なら間違いなくここまで気にしなかっただろう、つばさの怒っている原因、とか。
昨日の僕、カムバーック!!
……ついでに、なんだか最近の自分のことが、自分でもよく分からなかったり……。
そんなことを考えていると、この場の雰囲気にまったく合わない軽快な音楽が流れはじめた。
「……ん、五十嵐からだな」
どうやら五十嵐が長谷部に電話してきたらしい。
「もしもし、どうかしたか? ……ああ、そうだ。……分かった。これから行くから待っていろ」
意外とすぐに通話は終わり、携帯をしまうと、
「と、言うわけだ。非常に残念だが、これから私は五十嵐を迎えに行かなくては。それじゃあ!」
とだけ爽やかな笑顔で言い残すと、返事も待たずに全力で部屋をでていった。
「……卑怯だな。逃げたぞ」
と僕が桜子に視線で訴えると、ちゃんと伝わったらしく視線を返してくる桜子。これは僕の勘だが、
「……ええ、逃げましたね、バカ部長」
みたいな意味を込めてだろう。
普段はまったくないが、この時だけは長谷部の奇行を迷惑に思っているもの同士、桜子との間に妙な仲間意識が芽生えた。
くどいようだが、いつもはそんなもの存在しない。だから僕にとってのこれは、歴史に残るような画期的な出来事だ。
「はぁ……」
しかし、そんな歴史的な連帯感も、つばさのため息一つでかき消された。
桜子の方をみると、異様に目を輝かせている。分かりたくなかったが、それだけで言いたいことが分かってしまった。
早い話、僕とつばさとの仲がさらに発展することを望んでるらしい。そのためにつばさの相談にでも乗れということだろう。
やりたくないので、ムリだという意味を込めた視線を送り返してみたが、変な目で見られただけで終わってしまった。
どうやら不公平なことに、アイコンタクトは一方通行になってしまったらしい。
そしてまた、何もしようとしない僕を、視線で一方的に促してくる桜子。
逆らえない僕は仕方なく、ため息を吐きながらもつばさに尋ねてみる。
「なあ、つばさ」
「……」
返事はないが、態度はこちらの話を聞くだけ聞いてくれるらしいことを示している。なので、気にせずにそのまま話を続ける。
「さっきから、なに怒ってんだよ……?」
「……」
「もし僕たちが、気付かないうちにつばさの気に障ることをしてたんなら謝る」
「……」
ちゃんと聞いてはいるようだが、否定も肯定もしないで黙ったままだ。
「……」
「……」
そして再び静寂。さっきよりも、さらに気まずさが増してしまった。
「あの、大宅さん。せめて何があったのかぐらいは教えてくれませんか?」
見兼ねたらしい桜子が、助け船を出してくれた。
「……」
しかし、やはり答えない。桜子でもムリとなると、あとはつばさの妹か家の母親ぐらいしか対処できないだろう。
そんなことを考えていると、つばさが急に立ち上がった。
「ど、どうした?」
「……帰る」
「は? いきなり何言って……!?」
「……いっちーが嫌いだから帰る!」
「なっ!?」
そのまま部屋を出ていくつばさ。
それと同時に、僕の頭の中は、漂白剤を使った洗濯物より真っ白になった。