オタクと冷静男と思い出話-3
「……違います」
「しかし三人のうち、桜子くんは対象外なんだろう?」
「……はい」
「なら、消去法でいけば残りの二人は私たち以外はいないぞ?」
確かに間違いは言っていない。ちゃんと全てが事実だ。
しかしその時、僕の頭は簡潔にして根源的な、とんでもない事実に気が付いた。
「……先輩、やっぱり違います」
「栗花落くん、言い訳は……」
「なんで、この三人の中から二人選ぶことを前提にして話を進めてるんですか」
そうなのだ。混乱していて気付けなかったが、その設定は長谷部の妄想の産物であり、僕の考えはまったく無関係、かすりもしていないのだ。
「……それじゃダメなのかい?」
「当然です。勝手に人の恋愛対象のふりしないでください」
「そうだったのか。世の中にはまだまだ未知のことが溢れているんだな」
「……」
しきりに感心する長谷部。しかも、演技ではなく素で感心しているようだ。
それを見ていると、怒るよりも関わりたくない気持ちのほうが強くなった。
「……とにかく、これ以上立ち話もなんですから家の中に入りましょうか」
「あぁ……せっかく大宅くんたちが飲料を買ってきてくれたことだしな」
「賛成ですわ。わたくしも、さっきので拍子抜けしてしまいましたから」
桜子が少し残念そうにしているのが気になったが、とにかく中に入ることで話がまとまったようだ。
「それでは、おじゃましますね」
「どうぞ」
「私も邪魔させてもらうぞ」
桜子、長谷部に続いて玄関に入ると、長谷部の物であろう靴が乱雑に脱ぎ散らかされていた。
ため息をついて靴を直していると、なぜだか悲しい気分になってきた。
「……いっちー優しいんだね」
「ん?」
顔を上げると、いつの間にか、つばさが近くに立っていた。
「……いきなり何言ってるんだ?」
「なんでもない」
いつになく素っ気なく言い放つと、振り向きもせずにスタスタとリビングに向かう。
「あ……」
誰もいなくなった玄関には、脱ぎ散らかされた靴と僕だけが取り残された。
訳が分からないが、戻ってくる気配はないので、仕方なく靴を直してやる。
一人でそうしていると、なぜだろう、さっきよりも悲しさが増した気がした……。
一人で雑用の悲しみを噛み締めながらリビングに戻った僕は、長谷部の「客を働かせるつもりかい?」との一言で、休む間もなく客用のコップを探す羽目になった。
しかし……、
「どこだよ……」
まったく見つからないのだ。
おそらく、前回は家の親が片付けたのだろう、普段置かれているはずの棚にも見当たらない。
我が親ながら、悲しくなるぐらいの適当さだ。
せめて紙コップぐらいはないものかと探してみたが、結局なにも見つからない。
「いっちー、なにやってんの?」
振り向くと、台所の入り口につばさが立っていた。
「……コップが見当たらないんだよ」
「コップ? それならその棚でしょ?」
そう言って普段置いてある棚を指差す。
「そこにないから探してるんだ」
「あ、ホントだ」
確認のためか、棚の中を見ながら言うつばさ。
「たぶん母さんが適当に片付けたか、割ったかしたんだな」
「たぶん割ったんだと思うなー。でも片付けたなら、三日は探さないといけないね」
「……そうだな。諦めるか」
「そだね」
冗談などではなく本気で言う。
うちの母親が片付けてしまった物を捜し出すことの難しさを、つばさや僕は長年の経験からよく知っているからだ。
父親など、その状況を『砂漠の中の米粒探し』と表現し、初めから探すことを放棄してしまうほどである。
…………ふぅ。
「とにかく、炭酸の人には悪いけど、コーヒーカップで我慢してもらうしかないな」
「じゃあカップ四つだね」
そう言って再び棚を探るつばさ。
「あれ……」
「どうした?」
「いっちーのカップがないよ」
「ああ、たぶん部屋だな」
「んー、じゃあ取ってくる」
言うが早いか、すでに台所から消えているつばさ。
少し間を空けて、僕の部屋の辺りから何か物を崩す音が。たぶん積んであった雑誌だろう。
だがそれもすぐに止むと、つばさがカップを手に戻ってきた。
「はい、カップ」
「ああ」
「……ねえ、部屋の掃除した?」
「ん、少しな」
「ふーん……」
「どうかしたか?」
「……」
ここまでの会話で、何か態度がおかしいと思い理由を聞こうとした。しかし、聞く前にリビングに戻られてしまい……。