オタクと冷静男と思い出話-16
「……あの頃の僕は臆病で、いろんなことが恐かった。人と会うのも、人と話すのも。それは――」
人に嫌われるのが、恐かったから。
「親しくして、それでその人に嫌われたらと思うと、僕には耐えられなかった」
そして、人から離れていった。
「関係あるから嫌われる。関わらなければ、深入りしなければ誰も僕を嫌わない」
適当に他人に合わせるなんてできず、いつも一人だった。
「こっちが避ければ相手も避ける、まあ、当然のことだけど。言わなかったけど、こっちに転校するとき社交辞令じゃない挨拶してくれたやつなんて一人もいなかったしな」
でも、別にかまわないと思った。それは自分で望んだこと、自分でそうなるように行動した結果。
「こっちに来ても何も変わらなかった。他人を避けることで自分を守って。ずっとこのまま何も変わらないと思った」
でも――。
「――でも、つばさに会えた」
自分の思ったことをまっすぐ言える人。
そこまで話し、部屋の中でつばさが動いたのがわかった。
揺れで、ドアにおっかかって座ったのが伝わってくる。
ドアを挟んで背中合わせに座ったまま、話を再開する。
「正直、初めはかなり戸惑った。自己中で騒がしいし、人の話を聞かなくて」
そして、
「――今まで会った人たちの中で……一番、優しくて」
背中越しに伝える、本当の気持ち。
「初対面なのに心配してもらって。……アニメのビデオは間違ってるとは思うけど」
背後のつばさは何も言わない。
「ありがたかった。それでも、心のどっかで疑ってたけど」
いつか嫌われるのではないかと。
「それをつばさに言ったら、このオルゴールを持ってきてこう言ったよな」
笑いながら箱を差しだし、『これ私の宝物なの。私のために君が持ってて。私のために何かをしてくれてる人を、私は絶対嫌いになんかならないから。君も私が嫌いじゃないなら、それを私のために持っていてね』と。
「……はは、嫌なガキだよな。言い方を変えたら、それを持ってなかったら嫌いになる、ってことだもんな。………………でも、すごく嬉しかった」
そして僕は、それを大切にすることを誓ったばずだ。
「でも、僕のためゃなく、つばさのために持っていなきゃいけないのに、それを適当に片付けた。怒られて当然だし、文句を言える立場でもないよな」
僕のためにつばさが渡してくれたのに、それを忘れて。
「つばさには本当に感謝してる。つばさがいてくれたから人とそれなりに付き合えるようになったんだから。
…………と、言いたいことはここまでだ。長話しに付き合わせて悪かったな」
そして残り一言。それをどうするか悩んでいると、
「ねえ、いっちー。あのね――」
「あ、ちょっと待て。話があるなら入れてくれないか?」
返事はない。しかし扉越しでも戸惑っているのが分かる。
「それともあれか。僕の顔なんかは見たくないとか?」
「ち、違うよっ」
本当に焦っているようだ。少し意地が悪かっただろうか。
少し間を開けて、ドアから離れた気配が伝わってきて、
「……ん、入っても、いいよ」
「……」
ドアノブを回して中に入ると、つばさはベッドの上でクッションを抱いて座っていた。その表情はクッションにうずめるようにしているため見えない。
何となく、その隣に腰掛ける。
しかし、静かな部屋に、気まずい空気が流れる。
「あのね……」
「なあ……」
同時に声を出してしまい、同時に黙る。
「いっちーから先に……」
「つばさから……」
再び同時。
気まずいので先に話すことにした。
「えっと、つばさのことも考えないで、本当に悪かった」
「……ううん。あ、あのね、そのことで言いたいことがあったんだけど」
「ん?」
「今日怒ったのね、いっちーのせいだけじゃないんだ」
「……」
「確かにオルゴールが無かったこともあるけど……」
言いにくそうにするつばさ。
「けど?」
「うん、えっとね、あの……」
「……」
「……いっちーも話してくれたんだから、私も話すべきだよね。……あのね、本当はいっちーがなんだか遠くに行ったみたいな気がして」
つばさはクッションから顔を上げない。
「私といるとつまんなそうなのに、先輩とか遠矢さんと楽しそうに話してると、いつものいっちーじゃないみたいで……」
「……楽しそう? 本気?」
僕の疑問符を無視して続けるつばさ。
「それで、部屋に行ったらオルゴールもなかったし、やっぱり私、いっちーにとってジャマなのかなって。だから……」
話を中断させるようにため息を吐く。