オタクと冷静男と思い出話-11
言い終わるなり立ち上がり僕の部屋へ向かおうとする桜子。僕の方を振り返り、
「幸一郎さん、何をしているんですか。早く行きましょう」
「分かってる。分かってるんだが……」
すぐに立とうとしたのだが、体が重く感じて立ち上がるのにも一苦労する。
やっとのことで立ち上がると桜子は明後日の方向に目をやり、
「これから幸一郎さんが毎日寝起きしてるん場所を見れるんですよね。少し散らかった美少年の部屋……なんだか、ひどく冷静にウキウキと期待を持てますね」
「一歩間違ったら変態だな。何を期待してるんだ貴様は」
ため息を一つ。
「とにかくだ、たかが他人の部屋を見るのにそんな未知の感覚を抱くなよ……」
「しかし、ベッドの下や本棚の裏とかタンスの奥に、いったいどんな大人グッズが隠されているか……。ああ、ああっ!」
「大人グッズなんて持ってない。気持ち悪い声を出すな」
「ふふっ、照れなくてもまた後で他の皆さんと一緒に調べますから大丈夫ですよ」
「……何がどう大丈夫なんだか……」
再びため息。
「さあ、それでは行きましょうか。『嬉し恥ずかしお部屋拝見ツアー』へ!」
「……お前、ネーミングセンス無いな」
「嗚呼、この胸に去来するこの気持ちは何でしょうか? そう、それは未知の物への探求心が満たされる希望、人のみが得ることを許された快楽!」
「……無視か。それにしても大仰な」
ウザイぐらいテンションの高い桜子と並んで見る自分の部屋までの廊下は、数メートルのはずなのに永遠に続いているような気さえしてきた……。
同時刻、
「うーん、長谷部は何をやってるんだ?」
五十嵐は待ち合わせの場所で一人、いつまで経っても現れない待ち人――長谷部を待っていた。
「……やっぱさっき電池が切れたのか?」
そう言って目を携帯に向ける。
さっき長谷部と通話をしたが、会話を始めて十秒ほどで切れてしまった。
何事かと思い掛け直したが、それ以降は何度掛け直してもまったくの音信不通だ。
「うーん、あいつのことだから公衆電話に気付くのはしばらく後かな」
五十嵐は奇妙に強い確信を持って頷く。
去年からの付き合いと出会ってからそんなに長くないが、それでもこんな時に取りそうな行動ぐらいは容易に想像がつく。
「ま、とにかく気長に待つさ」
栗花落たちには悪いけど、と心の中で付け足して彼は長谷部を待ち続ける。
そのとき二人の後輩を思い浮べ、あることを考える。
……もしかして長谷部は、栗花落と大宅のためにわざと遅れているとか?
だがすぐに首を横に振ると、
「……あいつに限ってそれはないか」
少し疲れたように言う。
「そこまで人間関係に繊細だったらどんなに楽だろうな……」
誰ともなしに呟いた五十嵐の言葉は、春の陽光の中を広がっていった。
「うーん、思っていたより片付いてますね。というか……」
僕の部屋に入って中を見るなり、桜子はそう呟いた。もう一度部屋を見回し、
「……物自体が少ないですね」
「……そうか?」
改めて六年ほど使っている自分の部屋を見回す。
ベッドがあり、窓が無い壁の側にはタンスと小さい本棚が並べて置いてある。
本棚は半分ほど小説で、残りは空。漫画も数冊あったはずだが、それはいつのまにか床の雑誌の隣に積んである。
何の変哲もない自分の部屋だ。
「普通こんなもんじゃないのか?」
「……普通はもっと飾り気があるかと」
「女子は、だろ? 男子はこれが普通なんだよ。……たぶん」
「やけに自信なさそうですね?」
「……つばさ以外、家を訪ねるような親しい相手がいないからな」
それが周囲と比べて普通でないことは分かっている。しかし、不都合を感じたこともないし、なにより自分にはそんな相手など必要ないと思っていた。
より親しくなれば、反面、汚いところも見えてくる。そうなる直前で止まれるやつもいるのだろうが、僕はそんな器用な芸当はできず、ただ相手から遠ざかるしかない。
と、こちらは真面目に考えていたのに桜子は、
「あら、あらあら、また惚気ですか? 俺たちはお互いの部屋に簡単に行き来するほど親しいぞ、と? 勘弁してくださいよ」
「…………なんでそっちに注目するかな」
て言うか、真面目度五割り増しの件はどうしたんだ?
そんな僕の視線を察したのか、
「とにかく、原因を考え――?」
言い掛けて、何かを見て沈黙する桜子。