上級悪魔と低級契約者-1
「だから、それは俺の鮭だ!」
俺は、自分の前にある皿にのびる箸を払い退けながら俺の前に座るアンドラスに向かい言う。
「五月蝿!貴様のものは、私のものだ!」
「お前はジャイ○ンか!」
「ジャ○アン誰だそれは?私は悪魔の中の悪魔、地獄の大侯爵、アンドラス様だ!」
これは、俺―高槻楓―の家の毎朝の風景だ。
今の会話中に『悪魔』とか『地獄』とかいう言葉が出てきたが、これはアンドラスが頭がおかしいとか電波系の人と言うわけではない。実際にアンドラスは俺が召喚してしまった悪魔なのだ。
「楓ちゃんおはよ〜!」
「ちゃん付けはよせ、俺は男だ!」
「え〜、名前も顔も可愛いのに」
「天田さん、俺には挨拶してくれないのかな?」
「だって、アン君は私の好みじゃないんだもん」
五十分後、楓とアンドラスは学校に来ていた。
ちなみに今話し掛けてきたのは、天田裕美。俺の幼なじみにして、天敵の一人、そして三ヶ月に一度行われる学校主催のミスコンの一年連続の覇者だ。
そして、アンというのはアンドラスの事だ。彼は学校では、『アン・D・ドラス』というアメリカからの留学生ということになっている。そして、学校主催のミスコン(ミスターコンテスト)の二連続覇者である。
「普通は、アンのことを好きになるものだと思うんだけどな」
「アン君は、格好いいだけなんだもん。私は、楓ちゃんみたいな可愛い子が好きなの」
…そして、楓はミスコン(男なのにミスターコンテストではない)の三回連続二位である。
「俺は、お前のことはちっとも好きじゃない」
「なんで〜!私はこんなに可愛いのにぃ〜。やっぱり、楓ちゃんは男の子が好きなんだー!」
裕美がそう言うとクラスの男子数名が獲物を狙うライオンの目でこちらを見た。
「断じて違う!」
結局あれからすぐチャイムが鳴り『高槻楓男好き説』が流れたまま放課後を迎えることになった。
「まさか貴様がホモだったとは…。私のことは狙うなよ」
「だから、違う!」
今、楓とアンは二人が所属する文芸部の部室に居た。文芸部の部員は計七名なのだが、まだ二人の他には誰もいない。
「他の奴等は、何をしているんだ。こんなホモと二人きりで部室にいたらナニがあるか分かったもんじゃない」
「うるせぇ〜」
楓は、そう言うと自分に割り当てられた机に向かい小説の構成を練り始める。と、
「ちわ〜す」
「遅かったな、板倉」
板倉友喜。今年文芸部に入った一年の一人だ。
「今日は、桜ちゃんと金本は来れないそうです」
「そうか」
桜と金本というのも、板倉と同じ一年である。
「なんだ?」
板倉が変な目でこちらを見ているので何事かと尋ねる。
「なんで珍しく机なんかに向かってるんです?」
「もうすぐ文化祭だからだ」
「…文化祭だと何かあるんですか?」
「文芸部で本を出すだろう」
楓がそう言うと、板倉は、妙な顔をしたまま固まる。
「どうした?」
「そんなこと聞いて無いっすよ!」
「部活紹介のとき言った筈だぞ」
五分後、文芸部の部室には机に向かい小説を書いている楓と何かを考えているアン、そして、必死で小説のネタを考えている板倉という微妙な三人組がいた。
静かに時間が過ぎていく。そう、静かに、静かに。遠くから走ってくる人の足音すら聞こえてくるほどに。その足音が文芸部の部室の前で止まる。
「ん?誰か来たのか?」
ドアの開く音。自分に近寄ってくる足音。
「楓ちゃ〜ん」
「だぁ〜!抱きつくな!」
後ろから抱きついてきたのは、裕美だった。
「お前はなんなんだ!お前のなかでは俺はホモなんだろう」
「そんなわけないじゃ〜ん。何、言ってるの?楓ちゃん」
裕美のなかでは朝のやり取りは無かったことになっているらしい。
「これだから脊椎反射で生きている奴は…」
楓は、裕美を見ながら忌々しげに呟く。
「アン君はずいぶん静かだね」
裕美は、楓の事は無視して珍しくも静かなアンに話し掛けた。
「ん?ああ、少々考え事をしていたのでな」
アンは、そう言うと楓に向かって外に出るように目配せした。
「なんだよ?」
楓とアンは、部室から出て二人で話していた。
「さっきからずっと気になっていたんだがな、エクソシストの気配がする」